中央教育審議会学校安全部会・戸田芳雄委員に聞く

教員、教員養成課程の学生(以下、学生)ともに「安全教育」が必要と考えており、教員の中でも管理職、養護教諭、保健体育科担当ほどその割合が高かった。安全教育の在り方について議論している文部科学省中央教育審議会学校安全部会の、第4回会合で戸田芳雄委員(東京女子体育大学教授)が発表した。「教員養成課程の学生及び現職教員の学校安全への意識及びニーズ」調査の概要と戸田委員へのインタビューから、学校安全の課題を浮き彫りにしたい。

科学的対応で自己を未然に防ぐ セーフティプロモーション強化を

■事故は防げる

戸田芳雄委員
東京女子体育大学
戸田芳雄教授

調査によると(詳細下)安全教育の意識について教員と学生共に、概ね良好だと言えます。しかし「安全意識」で、「運が悪いからけがをする」と考える学生が32%、教員で19%。「運動やスポーツでけがをするのは当たり前」では学生の74%、教員の53%が「そう思う」と回答しました。これは安全教育の意識を変えていかなければならない大きな問題です。

セーフティプロモーションという理念があります。事故は、その原因を分析し発生の根拠を明らかにして、発生のリスクを一つ一つつぶしていくという、科学的な対応を講じることで未然に防げるという考え方です。

例えば子供達の行動に対する教育が十分だったか、環境が危険なまま放置されていなかったか、などを把握してどう対処すれば防げるかを考えます。一人では難しいことが多いので学校内の教職員や地域の警察・消防などの関係者と連携して取り組む。安全な学校や安全な地域づくりの視点から、「セーフティスクール」認証、「セーフティコミュニティ」認証にまで取り組みを高めている例もあります。

■情緒から信念へ

「けがをするのは仕方がない」、「運が悪いからだ」というものではなく、必ずどこかに要因がありすぐに防げなくても、つきつめていけば必ず対策があると考えることが大切です。

教員養成課程での安全教育の必要性について、「そう思う」が教員・学生共に96%という高率でした。最近の自然災害や子供が犠牲になる事件の多発などで、「安全教育」の必要性を否定する人はいないでしょう。一方で安全意識は、感情や情緒的に高まるという側面があることを銘記したい。災害や事故などに対して、一時は関心が高まるが時間の経過とともに冷えてしまう一過性の関心ではいけません。

安全意識を定着させるためには情緒に任せておくのではなく、「事故は防げる」というしっかりとした信念にまで高めることが大切です。

■さかのぼり検証を

ある高校の事例で、体育の授業中に突然生徒が倒れた。すぐ心肺蘇生の応急処置を行い生徒は助かったけれど、軽度の後遺症が残ってしまった。事後の処置は良かったが、さかのぼり検証すると、未然に防ぐ機会は何度かあったのです。

生徒は2週間ほど前の健康診断で心電図に異常が見つかり、精密検査に行くよう本人に知らせていたが行っていなかった。病院に行ったかの確認もしなかった。体育の教員にもそれが伝わっていなかった。分かっていれば記録・審判係などの対処が講じられた。

このように時間をさかのぼることで、事故も災害もやるべき対策が見えてくるのです。

■国民の必須教養

教員のみに「安全教育充実のための課題」を質問したところ「指導内容が明確でない」、「参考資料がない」が多かった。「生活安全」、「交通安全」、「災害安全」の三分野を並列に考えると難しいのでしょう。

三分野それぞれに関連する教科や学級活動・学校行事で部分的に扱っているのを統合して、教科化するという考え方もあります。個人的には、地理的・歴史的な日本の事情から「災害安全(防災)」は国民の教養として必須項目です。

核となる義務教育の中で基礎的な知識、対処の方法、状況に応じた判断と行動などを身につけ、個人と地域と社会の在り方などを考えさせることが望ましい。

「災害列島」と呼ばれ他に逃げ場がない環境で、どのように自然と折り合って安全で豊かに暮らしていけるか、真剣に考える時です。100年、1000年後の命を守ることにつながり、世界のモデルにもなり得ます。

学生と教員の安全教育の意識調査

「ケガは当然」の意識を改革

戸田芳雄委員が発表した調査「教員養成課程の学生及び現職教員の学校安全への意識及びニーズ」は、全国9大学の教員養成課程2年生以上の学生と幼小中高校現職教員が対象で、平成24年度実施。学生約600人、教員約950人から回答を得た。25年度は幼保育園から中学校10校、教育委員会など7か所の実地調査・ヒアリングを行ってまとめた。主な調査結果は次の通り。

●教員・学生の半数「けがは避けられない」

教員と学生の意識に差があったのは次の2項目。「運動やスポーツでけがをするのは当たり前」に対して肯定意見が学生74%、教員53%。「運が悪いからけがをする」は学生32%、教員19%。

やや差があったのは「けがは環境のせいである」学生25%、教員20%。「けがは防げる」学生90%、教員95%。「自分は大きなけがをすることはない」学生29%、教員23%。差が見られなかった項目は「けがは避けられない」で学生47%、教員48%。「けがの原因は自分にある」は学生、教員共に94%だった。

教員の半数以上、学生の7割以上が「運動やスポーツでけがをするのは当たり前」という意識がある点は、安全教育の課題と捉える。意識を変える指導方法の改善が必要だと指摘している。

●安全教育の内容 教員は多岐にわたる

「教員養成課程で安全教育が必要か」には教員、学生共に96%が「そう思う」「ややそう思う」と回答。さらに教員の職種で分析すると管理職8割、養護教諭7割、保健体育科担当6割、一般教員5割が肯定的だ。

理由は教員、学生共に「安全教育は学校教育の重要な内容だから」がトップ。「子どもの事故・事件や災害が多いから」、「教員の職務として重要だから」が続いた。必要な内容を10項目から選んだところ、教員が上位に選んだ項目は「学校(園)生活や教育活動での安全」、「地震などの防災」、「交通安全」がベスト3。しかし「感染症の防止」、「誘拐など犯罪被害の防止」、「避難訓練の方法」なども多く選ばれた。一方学生は「地震などの防災」、「学校(園)生活や教育活動での安全」にほぼ集中している。

これは教育現場で実際にさまざまな現実に向き合っている教員と、イメージで考えている学生との、経験の差だと分析している。

●時間確保、内容の 明確化が充実の課題

教員だけの設問で、安全教育を充実させるうえで課題となる事項を選択させた結果、「指導する時間が取りにくい」が最も多く突出していた。他には「指導内容が明確でない」、「指導力が不足・指導方法がわからない」、「他に優先すべき指導内容がある」、「参考とする資料がない」などの理由が多くあげられた。

●交通安全のスキル 教員にも低い自信

安全教育には実践のスキルが求められる。そこで「災害安全」、「生活安全」、「交通安全」の各分野別に自身のスキルを聞いたところ、7割以上の教員が「自信をもってできる」「何とかできる」と回答し、どの分野についても学生を上回った。

〈心肺蘇生法〉「自信をもってできる」とした教員は15%、学生は9%。「何とかできる」教員は64%、学生は47%。

〈熱中症発生時の応急手当や対応〉教員13%、学生9%が「自信をもってできる」、「何とかできる」教員は65%、学生は50%だった。

〈学校・園で大地震が起こった際の子供の避難誘導や安全確保〉「自信をもってできる」教員が11%に対して学生は3%、「何とかできる」教員は59%に対して学生は20%だった。

〈「自転車安全利用五則」の子供たちへの指導〉教員・学生共に自信がない人が多く「自信をもってできる」教員は5%、学生は3%。「何とかできる」は教員30%、学生は12%にとどまっている。

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【2014年10月20日号】

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