教育家庭新聞・健康号
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子どもの心と体の健康
子どもの心へのアプローチ
サポーティヴな関わりこそ基本
立教池袋中学高等学校
教諭・高野 敏雄さん
 文部科学省が平成7年にスクールカウンセラーの導入を提案してから10年が経った。当初全国の小・中・高等学校154校にカウンセラーが配置され、平成16年度には8500校を超える学校に配置されている。心の専門家として、児童・生徒のよりどころとなるべきものだが、実際に有効に機能しているかどうかは学校によってさまざまだとも聞く。スクールカウンセラーのみならず、子どもに対するカウンセリングの本来のあり方とはどのようなものなのだろうか。今回は、現役の教師であり、カウンセラーでもある高野氏に、子どもの心へのアプローチについて伺った。
(レポート/中 由里)


カウンセリングとは?

−−カウンセリングとはそもそもどのようなことを指すのですか?
 日常生活の中で様々な問題にぶつかった時にその人が心を整理したり、どのように問題解決していくかを見つけ出す援助を非日常的な場面を作ってでも行うということです。自分で乗り越えられる問題ならいいのですが、心を整理できなくなった、何がなんだかわからなくなった、といった状態は援助が必要なので、日常から見ると外部の人間であるカウンセラーが非日常的な空間を作って、具体的には面接を行ったり、その人が日常生活を送れるようにする作業です。

 専門のカウンセラーは心理学の諸理論を学び、それに基づいたカウンセリングの諸理論、つまり人をサポートするための方法を学んでいます。カウンセラーは治療を行う精神科医とは違い、あくまで援助に徹します。

 その人の人生をその人が問題解決し実現する。それを通して常にその人は成長していくのだという人間観を持って、あくまでもその人自身が動けるようにサポートします。

−−子どもと大人のカウンセリングの違いとは?
 どこからどこまでが子どもかという判断はカウンセリングの世界では難しいですね。年齢的なことより、自己洞察力、自制力、それを自分自身で語れる力が育っているかどうかで変わってきます。つまり、言語によるカウンセリングができるかどうかです。平均してだいたい中学3年生くらいからは言語によるアプローチができるようです。それができないような段階の子どもは、腹痛、頭痛などの身体症状が出ることが多いですね。その場合、プレイセラピーなどの言葉以外の方法で表現をさせていきます。箱庭やコラージュを作らせたりしているうちに、作品を通して自分を語り、落ち着いていくということがあります。大人でも行うことがありますが、言葉による表現が十分でない子どもには特に有効ですね。ただ、それらは療法の技法であって、カウンセリングにおいて一番大事なのは人との出会いなのです。自分のことをきちんと受け止めてくれる人に出会うだけで子どもは変わっていきます。その点では、言葉によるコミュニケーションが完全でなくても、カウンセラーの基本的な態度としては同じなのです。


スクールカウンセリング
  その実態は

−−スクールカウンセリングは各学校でうまくいっているのでしょうか?
 学校で行われているスクールカウンセリングは、国の政策で、文部科学省から降りてきたことですが、そのやり方は自治体に任せられているのです。文部科学省からの通達では、臨床心理士等の資格を持つ人が役に当たることになっているのですが、そういう立場の人が、東京のようにあふれているところもあるし、まったく足りないところもありますから、学校によってまちまちですね。

 現在、学校には、教育カウンセラー、学校カウンセラー、学校心理士、認定カウンセラー、健康心理士、キャリアカウンセラーというように、たくさんの資格を持った人がいて、それぞれにカウンセリングは行えるのですが、文部科学省はそれらすべてを認めているわけではないのです(文部科学省では、スクールカウンセラーを「臨床心理士、精神科医、心理学系の大学の常勤教員など、臨床心理に関し高度に専門的な知識・経験を有する者」と定義している。資料・文部科学省HP「教育相談体制の充実について」より)。

 そうしたさまざまな立場のカウンセラーを、うまく活用できている学校とできていない学校がありますね。

 カウンセラーが専任で常駐、つまり学校の中に職員としてきちんと入っているならいいのですが、週に一度や二度、ぽつぽつやってきても、できることが限られてしまうのです。公私立を問わず、学校による相違が大きいのです。



基本は人と人

−−そんなことでいいのでしょうか。教育環境の平等性に欠けるのではありませんか?
 私はスクールカウンセリングというのは、二本立てがいいと思います。子どもや親達に対し、面接をするなど非日常的なアプローチをしたり、学校教師に対して情報提供をするスクールカウンセラーがいる一方で、子ども達と日常の生活を共にする教員が、カウンセリング的なアプローチの仕方を身につけていくのがいいのではないかと思います。そうすれば、子ども達とよりよい関わりができるし、日常的に、予防的にカウンセリングを行うことができます。

 教員がもっとカウンセリングを含めた総合的なコミュニケーション力を持つことが日本におけるカウンセリング体制には一番有効だと思います。

どんな関係も
  尊重しあう

−−日常生活の中でカウンセリングの知識を持つ人が必要ということですか?
 カウンセリングの世界では、カウンセラーという専門家がいるわけですが、一般の人間社会でも、カウンセリング的なアプローチはあって、人々がお互いにどれだけサポーティヴになれるかということが重要だと思います。

 私は、臨床心理家のトマス・ゴードンが開発した教師のための人間関係訓練プログラム「教師学」のインストラクターもしていますが、今は教師がコミュニケーションを学ぶには、これが一番ふさわしいと考えています。

 人と人との関わりで問題が起きるのは、相手の行動を認められない時であって、行動を認められないのは自分の問題です。そういう時に、お互いに理解し合う力があればいいのです。親子関係も友人関係も、教師と生徒の関係も、人は関わりの中で傷ついたり癒されたりするものです。その中でサポーティヴな関わりを作り上げていこうというのが民主主義の基本だと思います。人権と人格を尊重し合うということをもっと大事に考えなければいけない。本当は、子ども達が赤ん坊の時から、成長する過程で、そうした人と人との関わりを実践的に学んでいければいいのですが、現代ではなかなかうまくいかないようです。

 教師は特に見逃しがちなのですが、自分が子どもを尊重するのと同じに、子どもからも尊重されなければいけません。そのために必要なのが、お互いに理解し合う努力なのです。現代は特に、大人ががんばって子どもを引っ張っていく時代ではないと思います。環境問題、人類の存亡につながる問題に関しても、大人も子どもも、共通の問題を抱えているのではないでしょうか。大人は大人の、子どもは子どもの知恵を出し、共通課題に対して取り組んでいくような時代が来ているのではないかと思います。今は、ジクソーパズルのピースみたいに、それぞればらばらなことを行っているようでも、いずれ大きなひとつの絵が完成するのではないかと思っています。

【2005年9月10日号】