教育家庭新聞・健康号
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子どもの心と体の健康
虐待受傷からの退却
より多くの手が必要な子ども達
−東京都児童相談センター医長 伊東ゆたか氏−
 平成9年の児童福祉法改正、平成12年の虐待防止法制定を受け、日本社会はわずかずつではあるが虐待への認識を新たにし、防止に関心も高まっている。しかし、年々虐待相談の数は増え続けており、悲惨な例が後を絶たない。虐待の防止のために我々大人ができることは、そして傷ついた子ども達が必要としていることは何だろうか。
(レポート/中 由里)


増えている
  実態

−−虐待は実質的に増え続けているのですか?
受理件数推移 【図1】は全国の虐待相談処理件数の推移ですが、平成9年の児童福祉法改正の後から件数は飛躍的に増えています。法改正によって虐待発覚の機会が増えたり、社会的関心が高まったということも一因だとは思いますが、そうしたことを度外視しても実質的に増えていると言わざるを得ない伸びです。
 

−−被虐待児を保護するまでには、どのような手順を踏むのでしょうか。
 通報を受けたら、通報者である近隣や学校などから情報を集める調査を行い、親にも話をうかがいます。虐待が疑われればどのような措置が適当かを探ります。相談所の支援に抵抗がある家庭が多いので、緊急性が低い時は子ども家庭支援センター、学校、保健所、医療機関、警察、福祉事務所、地域の児童委員など周囲のネットワークを密にして見守ります。いろいろな人が困った時お手伝いできるというメッセージをその家庭に送ることは大事です。それでも最終的に子どもを家庭に置いておけないということになれば、子どもを親から分離することになります。これらケースワークは児童福祉司が中心となり本人や親の意向も汲み取りながら根気良く行ないます。児童心理司は知能も含めた発達、心理状態や外傷体験による影響を判定します。必要があれば私ども医師も症状の把握に努めます。


残ってしまう
  後遺症


−−被虐待児に顕著な状態というのは?
 【図2】を見て下さい。自己評価が低い子どもが多いです。過去のいやな体験をひきずってしまって感情がかき乱されるという後遺症のPTSD症状も多いです。言葉を発しない、チックなどの神経症的症状、または解離症状といわれる記憶や意識がぼやけるという症状があります。あとは多動・衝動性です。心の問題が身体の症状として出る身体化症状、その他に不登校や攻撃性、反社会的行動、自傷行為が見られます。

−−こうした傷は緩和することができるのでしょうか。
 まずその子が安心できる生活環境を整えることは絶対的に必要です。安全で大事にされている感覚を子どもが持つ中で傷は癒されていきます。できれば家庭にいるままでそういう環境に変えられれば良いです。

 なぜかというと、どんなに虐待されても、子どもは親に見捨てられたくないと思うことが多いからです。また親から離して児童養護施設で生活するにしても、親の良い面を見せながら育てた方が家族再統合につながりやすいと思います。その場合、虐待してしまった親に対しての支援や指導は当然必要ですが。

 現在は法改正に伴い児童養護施設に心理職員が非常勤で配置されており、子どもへの心理ケアも少しずつレベルアップしてきています。しかし、やはりぬぐい切れない傷は長年残る場合があります。



求められる
  改善


−−今後の課題は何でしょうか。
 法改正などによって被虐待児保護の入口は整備されつつありますが、分離後の養育の充実ということについてはまだまだ手付かずといっていいと思います。現在、児童養護施設の職員配置は子供6人につき1人ということになっていますが、これは1970年代に定められたあまりに少なすぎる割合で、以来改善されていません。また児童福祉の規定もあり子ども達は通常18歳で施設を出なければなりません。この自立年齢の設定が早すぎることは昔から指摘されていますがなかなか改まりません。現代の子どもが18歳で自立できる例はまれです。まして被虐待児の子どもはその多くが精神的打撃から回復していないのです。また、施設にいる間に精神医療的アプローチが少ないというのも子どもの傷を救えない一因かと思います。そして、これだけ虐待発覚の数が増えているのに児童福祉司の数が2倍にも達していないというのも大いに問題です。児童福祉司はそのケースの担当としていろいろな調整に当たりますが、1年間に受け付ける子どもの数が多すぎるし、判断を誤まれば子どもの命にもかかわるという精神的にかなり厳しい仕事なのです。これら施設や児童相談所など虐待にかかわる職員の負担を軽減しないと、結果的に子どものためになりません。

 そうした周辺のシステムを改善し、学校、保健所、医療機関、地域などがもっと連携して、子どもからのサインや育ちを注意深く見守る必要があります。また地域社会の個々の大人が子どもの問題に関心を持つことで、子どもやその家庭が孤立しないことを期待したいです。

【2006年2月18日号】