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子どもの心と体の健康
犬・猫と暮らす
動物との関わりで人間関係も良好に
東京大学大学院 農学生命科学研究科 林良博教授 
 最近流れているテレビのCMで、チワワのつぶらな瞳にぐっときた方も多いことでしょう。気が付いてみると、昔、外で飼われていた犬たちが、今は家の中で、家族の一員として暮らしています。「アニマルセラピー」(動物によるいやし)という言葉もよく聞かれるようになりました。そこで今回は、私たちに最も身近な犬や猫との暮らしについて、東京大学副学長で、大学院農学生命科学研究科教授の林良博さんにお話を伺いました。   〈報告=藤田翠〉
  東京大学大学院 
  農学生命科学研究科 
  林良博教授


 飼うにはそれなりのしつけと
 責任を持って


■今や日本は
  ペット大国

町で犬と散歩する人を多くみかけますが、なぜ今、ペットの時代なのでしょう?
 それは日本もアメリカやヨーロッパのように、ゆとりある国となったということでしょう。もともと西洋では庭に草花を植え、家に植物を持ち込み、動物も生活に溶け込んだ存在でした。
 日本も豊かになり、そうした方向に向かったのだと思います。現在、日本には犬が1000万頭、猫が800万頭いるといわれています。アメリカは人口が日本の倍ですが、犬は日本の5倍、猫は8倍います。
犬や猫の飼い方は、日本と欧米では違いますか?
 西洋では、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教など一神教の影響で、「動物は神が人間のために作ったもの」というように考え、動物をきちんと管理しようとします。
 ところが日本は仏教的な輪廻の思想から、「人と動物は同じ仲間」と考え、動物に対して横並びのやさしい視線をもっています。そのため飼い方も東西で違ってきます。
どのように違うのですか?
 欧米では動物は管理の対象として、きっちりしつけます。ところが日本では動物は仲間なので、あまりしつけられず、「好きにさせておいた方が良い」となります。
どちらが良いでしょうか?
 やはりきちんとしたしつけが必要だと思います。好きにさせておいたのでは動物は人間のいうことをきかなくなるなどの問題行動を生みます。
動物観の違いはどのように現れますか?
 動物の「安楽死」ですが、西洋では80%の獣医さんが行いますが、日本では逆に、80%の獣医さんはしたがりません。また、動物の死による悲しみ(ペット・ロス)を、日本人は欧米人より長くひきずるようです。こうしたことは、文化の違いといえます。


■ペットと子ども
子どもが犬や猫などを飼うと、どんな効果があるのでしょう?
 アメリカではいろいろな調査が進んでいて、ペットを飼っている子は他の子から好かれる、友だちになりたいと言われる、社交的である、ペットの痛みを通して痛みのわかる子に育つ、などのことがいわれています。
なぜそのようになるのですか?
 昔の日本は大家族で、父母だけでなく祖父母がおり、兄弟も多くて、それぞれの立場や年齢などの影響を受け、関係が複雑でした。ところが今は父母と子どもが平均2人以下です。これは不自然な環境といえます。それを補うのがペットとの関係です。
どんな関係?
 子どもが犬・猫と遊んだり、世話をします。逆に犬・猫が子どもの世話をすることもあります。犬や猫が、小さい子の世話をしないといけないと思ってしまったり、猫が子どもと寝て、寝かしつけたりします。犬・猫は子どもに働きかける力が結構強いのです。
 特に犬は家族の上下関係にこだわります。この人は家族の中で自分より立場が上なのか下なのか。小さい子どもなら、犬は自分の方が上だと思い、ゆずらず、父親は自分より上だと感じて言うことを聞くといった具合です。ペットと子どもの関係は「家庭」の中でこそ生かされます。


■犬・猫のいやし
犬や猫で心がいやされるといわれていますが。
 特に、受験生や不登校の子など、精神的につらい立場にいる子にとっては、犬や猫の存在はとても心が安らぐでしょう。なぜなら犬や猫は相手を差別しないからです。
 例えばいじめられている(差別されている)子にとっては、犬や猫は心を許せる相手であり、話しかける相手ともなります。一般に、動物や草花などのありがたさというのは、自分がひどく追い込まれているときなどにわかるものではないでしょうか。
学校でペットを飼うことは?
 犬や猫は家庭で子どもと触れあってこそ、その良さがわかるものだと思います。けれども家庭で飼っていない子どもにとって、学校で触れあえるのは良いことでしょう。
その場合、何が問題になりますか?
 休みの日に動物をどうするかということです。ある学校では、夏休みや土日のためにペットの里子制度を作り、希望者が家に連れ帰ります。この場合、中心になる世話人を決めないと、先生の負担が大きくなり、長続きしなくなります。
 飼う動物の種類は、教室で動き回る犬よりも、動きの少ない猫が案外合っているようです。


■犬のしつけは
  “義務教育”

日本人は犬のしつけがあまり上手ではないとのことでしたが。
 欧米に比べ、犬のしつけが文化として育っていないのです。それでも最近は徐々にしつけの大切さを認識するようになってきましたが。
 欧米では犬の育て方について、親から子へと伝わっています。今はしつけ方については、たくさんの本やビデオが出ていますから、それを見られるとよいでしょう。
なぜしつけが必要なのでしょうか?
 犬のしつけは人間にとっての義務教育と同じだといえます。どの犬も人間社会の中でやっていけるように、必要最小限のルールを覚えさせることが必要です。
飼い主として知っておいた方がいいことは?
 本格的なしつけは子犬を我が家に迎え入れてからですが、その前の生後2か月間は、母親の元にいて兄弟と共に育ち、まず自分が犬だということがわかるようにすることが大切です。
しつけをドッグスクールに任せることは?
 欧米では我が子の教育も自分でする親がいるくらいですから、ドッグスクールはあまりありません。日本人は犬のしつけに対し、「犬がかわいそう」と思いがちですから、自分の犬に対して第三者のように厳しくしつけられるかどうか。
 訓練士は1回が15分ほどの短い訓練を週3回というように、集中して大変厳しく教えます。その厳しさを持つ自信のない人は、訓練士に頼むのもよいでしょう。自分でしつけるときは、かなりの時間と情熱を犬にかけなければなりません。
日本人の犬の飼い方は変わりましたか?
 昔に比べ、家庭では家族の一員となっています。しかし社会の一員とはなっていない。例えば普通の犬は旅館やレストランに入れないですし、公的な場所に入るのを許されていません。交通機関も使えないので車が必要となります。
 そういう意味では、日本は動物を飼うことではまだ「発展途上国」なので、飼い主は苦労するでしょう。犬を飼うということは、長旅で家を空けるときにどうするかなど、時間を拘束されることですので、相当な覚悟が必要です。
本日はどうもありがとうございました。


【2004年5月15日号】