子どもの心とからだの健康 ---心身症---

教育家庭新聞

心や神経に関する病気がいろいろある中で、「心身症」は誤解されやすい言葉かもしれません。それではいったい「心身症」とは、どのような状態をいうのでしょうか。今回は最近低年齢化してきたという「子どもの心身症」について、神奈川県立こども医療センター精神科部長の岩田泰子さんに、お話を伺いました。
〈取材=藤田翠〉

● 心身症とは

−−−心身症とは、どんな病気ですか?
精神的な問題やストレスが体に影響をおよぼした状態の総称ということができます。

−−−子どもの場合も心身症はあるのですか?
心身症は子どもさんに多いのです。なぜかというと、子どもは大人よりも心と体の相関が強いからです。たとえばストレスで熱が出ることもありますし、逆に熱があると気分が落ち込んだり興奮したりします。子どもの心身相関の例をあげますと、不登校児に腹痛をはじめとするいろいろな身体症状が出たり、虐待を受けた児童が成長障害を起こすことが多い、などです。

−−−心身症は検査をすると結果に現れますか?
それは様々です。たとえば「おなかが痛い」という一過性の自覚症状で診察や検査をしても、異常が認められない場合があります。次には、しかし、その症状が何か月も続く場合があります。これらは厳密には心身症とはいえないとする考え方もあります。3番目には、たとえば腸の動きが異常に亢進する神経性下痢症などの場合。4番目は、胃潰瘍で出血するなど体の組織が病変をおこしている場合です。

−−−こちらのセンターには何歳位の子がきますか?
0歳から15歳で、18歳くらいまで継続している方もいます。精神科では中学生が多かったのですが、最近は低年齢化していて小学校5年生位からが結構多く、それより下の子もいます。小学5年くらいになると、友人関係もただおとなしいだけではだめで、ある程度自己主張がないと難しいようで、そんなこととも関係があるかもしれません。このところ、きれやすいという子や、拒食症の子などが目立ちます。

● 自覚できず発症

−−−ストレスが体にでるとのことですが、心では感じないのですか?
本人は「つらい」と思わずに、そのつらさを体がたとえば胃潰瘍という病気で表現してしまっているのです。

−−−その患者さんの気持ちは?
患者さん本人は本当はつらいのに、自分の心が自覚できていないで、「もっと頑張りたい」と思っています。ところが実際には気持ちが悪くなって、嘔吐したりする。そのような心と体の相関があります。

−−−なぜそんなに頑張ろうと思うのですか?
周囲の人から「こうするべきだ」「頑張るんだ」などと刷り込まれていたり、自分自身でそうすべきだとプレッシャーをかけていたりするからです。そのような状態だと、本人が「本当はやりたくない自分」または「無理している自分」に気がつきません。

−−−本当の気持ちに気付くことで、本人の様子は変わりますか?
不登校の子どもの例をあげますと、本人は学校に行きたいのに、お腹が痛くてあるいは頭痛で行けません。しかし私たちといろいろ話し合ううちに、その子が「自分は本当は学校に行きたくないんだ」と気がつきます。すると、腹痛や頭痛は治ってしまいます。それ以降は同じ「学校に行かない」にしても、以前は「お腹が痛くて行けなかった」のですが、自分の心に気付いてからは、「(お腹は痛くないけれど)学校に行きたくないから行かないんだ」となります。その頃には学校に行きたくない理由がわかってきたり、心身ともに快方に向かっていることが多いです。

−−−お話を伺っていると、心身症というのは体で異常を訴えることで、心の問題があることを知らせてくれるわけですから、人間を防御するための反応なのでしょうか?
そうだともいえます。ただ、体が過剰に反応しすぎると、生活が成り立たなくなります。防御反応が強過ぎると、直接の原因が解決されても、症状が続くことがあります。

● 体の治療 心の治療

−−−治療はどのようなことをするのですか?
子どもの体に現れた症状の原因が心につながるものなのかどうか、つまりその子が心身症なのかを判断するときには、いろいろな体の検査や気持ちに対する聞き取りが必要で、その診断には慎重さが必要です。ここでは、心身症が疑われるお子さんの場合の治療についてお話します。 まず、体に具合の悪い症状が出ているわけですから、それには対症療法をします。それから面接などによって、患者さんの生活パターンの見直しをします。体に現われた症状を、「毎日の暮らしに無理があるというSOSサイン」と捉えて、無理なことで避けられることは避けるようにします。たとえば勉強ばかりで自由にぼーっとする暇もないようなら、塾を休むなり、宿題を無理にしないようにします。また、お母さんが病気の下の子のことばかりに関わっていたり、おじいちゃんやおばあちゃんのお世話に明け暮れているようなら、「もうちょっと子どもさんのめんどうをみてください」と御両親に工夫を求めたり、他の人にも応援を求めるようにアドバイスします。直接の原因と思われることを可能な限り取り除き、子どもの負担を軽くしてゆとりをもたせます。

−−−心身症になっている原因を見つけるには?
避けるものがすぐみつかって対処できるといいのですが、そうでない場合に大切なことは、患者さんの意識していないストレスを探すことです。そのため、心を開いて子どもさんが話しやすいように、アプローチします。その方法として、箱庭療法や絵を描くなど、心理治療をします。お子さんが心身症のような状態になればご家族も混乱しますから、カウンセリングなどをして家族のサポートをします。

−−−ストレスの原因はどのようなことですか?
友人関係や学校でのストレスもありますが、家庭でのストレスが子どもに出てくることがあります。家で常に「勉強、勉強」といわれていたり、いとこが有名大学にいてプレッシャーとなっていたり、ご夫婦の仲がごたごたしていることが子どもになんとなく伝わって、ストレスになることもあります。

−−−アドバイスはどのようにするのですか?
親と子と時間をかけて別々に話をし、子どもや家族の状況を全体的に理解します。そして「この子どもはどういう気持ちでいるのか。どういうことが必要なのか」など、その子にあった生活のしかたを親と子の相談にのりながら探していきます。

−−−入院治療にはどんな効果がありますか?
入院治療はまず環境が変わります。入院すると、身体症状が消えるのとともに対人関係の問題が浮かび上がってくるケースが、かなりみられます。入院生活という保護された中で、さまざまな大人や子どもたちとのかかわりを通して、自分の問題に気づき、人とのやりとりを学ぶことが期待されます。また、子どもの背景となる家族が、子どもの症状の出方や回復に大きく影響すると考えられますが、入院中にご両親との間でそうしたことをきちんと話し合うことができれば、治療の効果があがるでしょう。ただ、長期的にみて良いか悪いかは別にして入院することで元の生活への適応がむずかしくなる場合があります。そうしたことも含め、入院に際しては身体面、精神面を考えて、総合的な見立てが必要でしょう。


 


(2002年1月12日号より)


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