子どもの心とからだの健康

〜生体リズム〜

 昔から多くの人が学校や家庭で「規則正しい生活をしましょう」といわれて育ってきました。それなのに、今や世の中全体が夜型の生活にシフトし、コンビニの回りには若者がいっぱい。「なにかすっきりしない」という、半健康状態の子どもが増えています。そこで今回は、「規則正しい生活はなぜ必要か?」を問い、そのことと大いに関係のある「生体リズム」について考えてみました。お話し下さったのは、国家公務員等共済組合連合会立川病院の元小児科部長で、武蔵野市にある「甲賀小児科・内科クリニック」の院長、甲賀正さんです。
〈取材=藤田翠〉

 −−−現代はそんなに不健康な時代でしょうか?
 そうだとは思いません。今は小児科が減ったといわれますが、それは少子化のせいばかりではなく、子どもの病気が軽くなったからです。昔はハシカで1000人〜2000人の子どもが死んでいった時代がありました。昭和30年代には疫痢や赤痢が蔓延していて、その頃は感染症をどうやって減らすのかを考えるので、精一杯でした。
 その後、公衆衛生が発達し、食事もよくなって、子どもの病気が軽くなったのです。現代は「もっといきいきと健康に暮らそう」ということに関心が移っています。


 −−−半健康状態の子が増えたのはなぜですか?
 文明社会になったからでしょう。戦時中や第二次大戦後の20年代は、夜は寝るものでした。30年代中ごろになって白黒テレビが現れ、ゲームセンターや24時間営業のコンビニが現れました。40年代からは深夜テレビ、ラジオが多くなって、だんだん夜の生活のウエイトが大きくなっていったのです。その頃から、「文明病」ともいわれる肩凝りや腰痛、疲労感を訴える人が多くなりました。生活の急な変化によって、「起きて寝て、食べて休んで、運動して」という生活のバランスがうまくとれなくなったのです。人間も動物ですから、「体内時計」に従った生活をしないといけないのです。

体内時計の発見


 −−−体内時計」とは何ですか?
 ヒトの体内には300にも及ぶ体内リズムがあります。たとえば子どもの成長に必要な副腎皮質ホルモンや、女性の卵胞ホルモンなど、さまざまなホルモンは、1日24時間同じように分泌されているわけではなく、あるリズムに沿って分泌されています。同様に、脳波、心臓の鼓動、血圧、体温などにもそれぞれリズムがあり、活動する昼は高めで、夜は低くなります。これらの身体の営みをコントロールしているのが脳の中にある「体内時計」です。体内時計は「生体リズム」ともいわれ、きちんと身体のリズムを保っています。最初は植物や爬虫類にあることがわかり、後に人間にも存在するとわかりました。


 −−−1人の身体の中で、どうやってたくさんのリズムがそれぞれの動きをしているのですか?
 「体内時計」に従って身体のリズムを実際にコントロールしているのは、交感神経と副交感神経という「自律神経」で、「身体の調子がいい」というときは、自律神経の働きがいいときです。逆に、最近子どもたちに増えている「自律神経失調」は、長い間、夜型のようなずれた生活を続けたために、体の不調がでてきたものです。病名がつく程ではないけれど、体も精神もすっきりしない状態です。昔からヒトは体内時計によって昼は活動し、夜は眠るという自然の生活をしていたと思われます。今は文明社会で「体内時計」が吹き飛んでしまったような生活になっています。

快眠をつくるのも体内時計


 −−−体内時計は25時間だとききますが?
 なぜかヒトの体内時計は25時間分の目盛りをもっていることが実験からわかっています。それを24時間のリズムに合わせていく必要があります。生後3か月頃の赤ちゃんには、昼は起きて夜は眠るというリズムがでてきますから、その頃から生活のリズムを整えていくと、24時間のリズムに合わせられるようになります。また、小、中学生になって、夜型の生活になってきたときに、もう1度、生体リズムにあった生活に整えるのが健康にはよいでしょう。特に、疲れやすいとか、精神的に不安定だとか、アレルギー体質の子どもなどは、生活のリズムを整えることが状態を良くする上で、重要です。


 −−−体内時計と睡眠との関係は?
 健康の3原則は、快食、快眠、快便ですが、この中でもっとも大事なのは快眠です。健康にとって質のよい眠りは非常に重要で、「生活リズムを整える」ことの中心は、「睡眠のリズムを整える」ことだともいえます。睡眠は子どもの成長とも深い関係にあります。というのは、子どもにとって大事な成長ホルモンの分泌は、睡眠に入って1時間頃がピークで、1日の分泌量の大部分がこの時間帯に分泌されます。また、身体の働きにとって重要な副腎皮質ホルモンの分泌も、起きがけに大量に分泌されます。


 −−−睡眠には2種類あるそうですが。
 睡眠には「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」とがあり、約90分の周期で交互に繰り返されます。レム睡眠というのは、「眼球が速く動くこと」の英語の頭文字から名付けられたもので、睡眠中も大脳が目覚めているため、眼球が動きます。けれども骨格、筋肉の緊張は解けるので、肉体疲労が回復します。ですからレム睡眠が不足すると、起きてからも体がだるいです。一方、ノンレム睡眠は、大脳の疲れを回復する眠りです。この睡眠が不足すると、思考力が鈍ります。この2つの眠りを生体リズムに沿って繰り返して眠れることが、質の良い眠りです。

早起き早寝の順で

 −−−質の良い睡眠をとるための工夫はありますか?
 普通、健康には「早寝早起き」といいますが、本当は「早起き早寝」がいいのです。どうしてかというと、子どもを起こすことはできても、眠らせることはできないからです。ですから、まず早起きをさせて、昼間十分に身体を動かし、きちんと3食の食事をとるという当たり前のリズムをつけてあげることです。そうすれば夜には疲れて眠くなり、自然に早寝をするようになります。また、昼間に日光を浴びると、夜になって脳内の睡眠物質であるメラトニンが産生され、よく眠れます。


 −−−快便についてはどうでしょう?
 林間学校の検診時の記録表によると、最近では朝の低体温と便秘が多くなっています。普通は食事後、夜の間に副交感神経(自律神経)が腸を動かして栄養を吸収し、残ったものが朝排便となって出てくるのですが、食事が乱れていたり夜遅くまで起きているような生活では、生体リズムが狂ってしまい、便秘となってしまいます。


 −−−これから先、どのような生活が望まれますか?
 人間は本音が言えて、その中にけじめをつけて生きるのが無理がなくていいのではないでしょうか。21世紀はそういう時代になるでしょう。キーワードは「心地よさ」「快適さ」。身体が快適なら夜型でもいいのですが、今のような生活では快適ではなくなるでしょう。「こうあるべきだ」ではなく、自分の身体がどう感じるかが大切です。快適さを求めると、結局は体内時計に合わせた生活リズムを作ることにゆきつくのではないでしょうか。



(2001年6月9日号より)