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夏の防犯安全特集
対談〜「家庭」からの「情報モラル教育」を考える
親が伝える”各家庭の文化”が
「情報モラル」教育の礎となる
 
(社)コンピュータソフトウェア著作権協会専務理事
久保田 裕 氏
 
慶応義塾湘南藤沢中・高等学校
田邊 則彦 氏

 「情報モラル」教育の必要性から、各地方公共団体でも独自の教材を作成したり、文部科学省始め各企業でも、教材開発等が盛んに行われている。「情報モラル教育」は「情報」を担当する教員が中心となって行うべき、という声も多い中、家庭からの「情報モラル教育」の必要性と重要性、その手法について、コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)の久保田裕氏(同協会専務理事)と、慶応義塾湘南藤沢中高等学校教諭・田邊則彦氏が対談した。

”ツールにたよりすぎ”は”怠慢”につながる

田邊 今、携帯電話の小説(以下携帯ノベル)が大流行ですね。高校生の女の子が携帯ノベルを読もうとしたところ、クリックしただけなのに多額の請求があった。ワンクリック詐欺だったんですね。ただ、「本当にクリックしても大丈夫だろうか?」と疑いを持ったので、個人情報はぼやかして登録してあり、生徒係の教員にもすぐに相談があり、大事には至りませんでした。
  これは誰にでも、どのような子にでも起こり得る状況です。高校生には、少なからず「冒険してみたい」という気持ちがありますからね。保護者は、新聞やテレビで多少耳にしているにもかかわらず、こうした状況がわが子に振りかかるとは思いもよらないのです。

久保田 普通の子どもでも「こんなことをやってしまった」という可能性があるのが携帯やネットの特性です。モラル教育には、「知る」ことが重要なファクター。なぜ優先席では携帯電話をオフにしなければならないのか? ペースメーカーを入れている人にとっては、携帯電話は恐怖だそうです。携帯電話を見るだけでストレスがかかりどきどきしてしまう。そういったことが分かりさえすれば、たいていの子どもたちはそうひどいことはしません。学校や保護者は、生命身体に関わることは最低限教えていかなければなりません。次に必要なのが、自分の身を守る術、そしてコミュニケーションですね。

田邊 親子間のコミュニケーションの成立は、情報安全を考えるときに重要なファクターですね。PCや携帯電話は新しいコミュニケーションツールです。うまく使えば有効なツールですが、少なからず振り回される可能性があります。

久保田 そうですね。たくさんの情報にアクセスすることができますし、GPS機能がついていれば位置確認もできる。しかし、ツールにたよりすぎることが保護者の怠慢になっていないか、疑いたくなるときもありますね。子どもと保護者のコミュニケーションさえ成り立っていれば、避けられることが多い。知識として「どんな危険があるか」ひとつひとつを子どもに教え込むこと以上に、子どもを守ることができるのは、親子のコミュニケーションだと思います。

田邊 年配の方々が中心になって地域の見守りシステムが構築されています。それもシステムとして魅力的ですが、誰かの献身的な働きやある特定の便利な道具に頼るのが当然になってしまうのは、ある意味とても怖いことです。地域のセキュリティにしろ、ネットワークのセキュリティにしろ、社会全体で確実にしていく、という流れが健全な姿です。

一度出した情報は二度と回収できない

久保田 「人が見ていなければやってしまう」という部分は子どもだけではありません。大人にとっても、ICTの普及は、犯罪に関して随分と垣根が低くなるきっかけとなっています。ならば、意識的にハードルを高くしていかなければなりません。そこで、立法機関である国会では、著作権法を改正して法定刑を上げ、この7月1日から10年以下の懲役及び1000万円以下の罰金と厳しい罰則で臨むことになりました。パソコンやインターネットによって簡単にコピーし、改変し、世界中に送信可能であることから、著作権を容易に侵害できる状況にあるのならば、その罰則を厳しくすることで犯罪の抑止を図る、という意味です。私は著作権保護のためには、法定刑を上げることは致し方ないと考えていますが、最も大切なことは、なぜ著作権を守らなければならないかを理解する教育だと思います。

田邊 高校生の授業で、ウィニーは悪なのか、考えさせたことがあります。「一度出した情報は取り戻すことができない、もう回収できない」という久保田さんの言葉は、端的に「情報」の性質について表していると思います。この意識を浸透させていくことが重要なポイントだと思います。

久保田 そうですね。ネットで誰かの悪口を言う。手紙だったら破って捨てることもできるけれど、ネットでは、回収できない。罪を犯し、その刑期が終わったとしても行為の痕跡はネット上に残ってしまう、という可能性がある。これは恐ろしいことですよ。ネット上で発信した「情報」は、自分の思いもよらぬ方向に波及したり、長期間残ってしまう。これらは子どもたちだけでなく保護者にも伝え、周知徹底していきたい部分です。

田邊 ウィルスをはじめ、「誰かを困らせる」ための悪戯用ソフトが蔓延しています。うちの学校でもありました。「誰かが困る」のが見たい、というのがその動機でした。人を困らせたり混乱させることを目的にしたソフトをインストールすると、どんなことが起こってしまうのか、よく考えさせ、見極める力をつける必要があります。
  一番そういった力が身についていないのはお母さんたちかもしれません。フィッシングの脅威やスパイウェアの存在を知らなかったり、不用意に添付ファイルを開けてしまう││などの行為ですね。学校でも社会でもこれから教育を受ける機会が少ない、ということから考えても、厳しい状況にありますね。

久保田 マナーやモラルとは別の意味で、やってはいけないルール「法」は伝える必要があります。法律がなぜ成立したのか、自分の行為と照らし合わせることができ、かつその背景を伝えることも必要です。

田邊 自分がされてつらいことはしない。それはICTを活用した場面でも同じです。

久保田 人間の処理能力を超えた情報量の中から、自らに必要な情報の取捨選択をしなければならないのがICTの世界です。「情報」に対する感性とは、情報を取捨選択する感性。子どもらに、メディアに勝手にアクセスして自分で取捨選択しろ、というのは乱暴です。
  親自身、情報の取捨選択をしていくこと。そして豊かなコミュニケーションを通し、親の文化を伝えていくことが大切。それは、知的な喜びや興奮を伝えていくことです。

「情報モラル」と「道徳」の違いは”積極的な情報発信の有無”

田邊 ICTを活用し、人に迷惑をかけたりネガティブな方向に向かないよう、情報を発信し創作していく。「人に迷惑をかけるな」ではなく、もっとポジティブに捉えたい。今、創造社会の台頭の中で私たちは生きていて、子どもたちもそれなりに育ってきている。創造的な社会を楽しむには、いい人に出会うこと、いい著作物に触れること、リアルに汗をかくこと、苦労して創作していくこと││ではないでしょうか。「情報モラル」が従来の「モラル=道徳」と大きく異なるのは、積極的に自分が感じたことを表現していくことができる世界である、という点です。

久保田 正にACCSの提唱する「情報モラル」は「創作の復興」、「コミュニケーションの復活」、「ネットワークづくり」がテーマです。今、情報を消費する人ばかりが多くなっており、本来的な意味でのオリジナリティが育まれにくい状況です。オリジナリティを持つことこそ、情報モラルの礎になる、と考えています。創作の復興こそが情報モラル教育だ、というのが近年力を入れている主張です。

田邊 子どもの「感動体験」が減っていることが気がかりです。

久保田 子どもたちは作文を嫌がる傾向にある、といわれていますが、感じて伝えたいことがあれば、ちゃんと書けるんです。伝えたいことがあれば、人を感動に導くことができる。伝えたいことが見えている子どもに育てていくためのICT活用も視野に入れ、指導できれば、情報リテラシーや情報モラルは、特別扱いしなくても身についていくのではないでしょうか。

田邊 今、高校3年生に選択科目の「情報」を教えていますが、最終的には「表現」と「コミュニケーション」にICTを自分なりにいかに活用できる力をつけることが「情報モラル」ではないかと思っています。

久保田 情報モラルは「これを守っていれば大丈夫」というものではありません。
親が子どもを育てるということは、自分の文化を伝えていくということ。親がどんな本を読んでいるのか、どんなテレビ番組を何時間見ているのか、それも情報の取捨選択ですし、その選択は子どもに大きな影響を与えている。それを意識してほしいですね。親がまず「情報モラル宣言」をしてほしい。例えば「うちは高校生になるまでは携帯電話は使わない」それもひとつの「情報モラル宣言」かもしれません。
  今は、なんでも手に入る時代。そういう時代だと「情報の価値」が分からなくなってしまう。情報の取捨選択により意図的に「制限」されることから想像力が育まれることだってある。やみくもに多くの情報に触れればいいというわけではない、ということです。

田邊 そうですね。何を大切にし、何を捨てるのか。その家庭の「取捨選択」が「情報モラル」につながります。多くの情報を得ると安心してしまいがちですが、多くの情報にアクセスすることで失ってしまうものは何か、を考えていくことが「取捨選択」のポイントではないでしょうか。

久保田 オリジナリティやクリエイティビティは、自分の軸となるもの。その軸は、ICTやハードウェアなどの装置だけでは育まれません。情報モラルは、いわば自分の軸作りといえます。それには親の果たす役割が重要です。親は、先生役はできます。しかし先生は、親の役割はできませんから。子どもたちにはもっともっとリアルな世界を見て、味わってほしい。それが「軸作り」につながってきます。「情報モラル教育は家庭から」と言ってもいいと思いますよ。

(2007年8月4日号)

 

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