日本デジタル教科書学会が設立 学術的な検証めざす

 8月18日、東京の青山学院大学で、デジタル教科書・教材について学術的に追究する日本デジタル教科書学会(片山敏郎会長)の設立記念全国大会が開催された。当日は全国から約180人が参加した。

  日本デジタル教科書学会は、「デジタル教科書・教材やそれを活用した実践について、学術的に追究し、我が国の教育のこれからの発展に資すること」を志として発足。実践者と研究者が対等な立場で協力して実践研究を行い、各種プロジェクトを立ち上げるなど、研究領域や職種の枠を超えた研究活動を推進していくことをめざす。 

▼デジタルネイティブは 教育のICT化を歓迎

日本デジタル教科書学会

中学校3年生が教員のlCT活用
にエールを贈り、会場がわいた

  当日は千葉県立千葉中学校3年の山本恭輔さんが「僕たちが『教育のIICT化』に望むこと」という発表を行った。

  山本さんは学内のゼミで行った発表を基に「教育現場iPad活用ガイド〜導入事例紹介〜」というibooksを制作し、公開している。

  山本さんは、「自分たちデジタルネイティブ世代にとって、ICT機器はなくてはならないもの。そしてデジタル教科書は『簡単』『楽』『やってみたい』もの。現在、デジタル教材を積極的に活用している先生は、学校の中では少数であるかもしれない。しかし、『変わり者』であることを恐れず、積極的に活用して」というインパクトある呼びかけに、会場からは笑いも起こった。

「デジタル」「紙」教科書の効果を比較 効果上げる前提はICTスキル

▼記念シンポジウム 1人1台導入に向けて

  記念シンポジウム「日本のデジタル教科書について語ろう 〜1人1台導入に向けて」では、赤堀侃司・白鴎大学教育学部長が学習効果について、デジタル教科書と紙の教科書の比較研究の結果を話した。

  タブレット端末やPCでそれぞれデジタル教科書を使って学んだ場合と紙の教科書で学んだ場合効果を比較すると、決められた内容を記憶したり、理解したりすることについては紙の教科書の方が成績は優位だという。一方タブレットを使った場合は、発展的に考えたり、自分の意見を表現するときについて優位性が見られた。

  この結果から赤堀教授は、「紙、タブレット、PCにはそれぞれの特性に応じた適切な学習があると思う」と話した。

  廉宗淳・佐賀県統括本部情報課情報企画監は、佐賀県の教育の情報化の進捗状況について、現在、LMS(学習管理システム)、LCMS(学習教材管理システム)、校務管理(支援)の3つを統合した教育情報システムを県で開発をしており、平成25年には全県で稼働すること。それに合わせて、授業で使うデジタル教材が作成できる教員の育成を進めていること、すべての教室にLED 型の70インチ電子黒板を導入することを発表した。「現在、ホモサピエンスはデジタル技術を使いこなす『ホモデジエンス』へ進化しつつある。デジタルを使いこなす人類と競争できる人材『ホモデジエンス』を育てるためにデジタル教科書が必要だ」と話した。

  中村伊知哉・慶應義塾大学教授は、DiTT(デジタル教科書教材協議会)の取り組みについて説明し、「政府の進めている2020のデジタル教科書の導入では遅すぎる。日本デジタル教科書学会と一緒に、デジタル教科書の導入時期の前倒しが実現するように協力していきたい」と強調した。

  豊福晋平・国際大学准教授は、「従来型の授業で使っている掛け図や黒板といった教具をデジタル教材に変えただけでは効果は上がらない。従来の学力を前提に考えている限り、デジタル教科書を使ったとしても劇的な効果が上がることはない。21世紀型スキルなど、これから求められる学力についても効果検証を行う必要がある」と話した。

  また、ICTを活用して高度な学習ができるようになるには、学習者の活用スキルが上がる必要もある。その意味でも、「劇的な」効果は上がりにくい。ICTの活用で効果を上げている欧州では、ICTスキルを身につけるのが前提、と話した。

  「コンテンツの不足、教師のICTスキルの問題について、どう対処すべきか」という質問に対して、片山敏郎・日本デジタル教科書学会会長は、「教師のスキル不足が指摘されるが、教員は様々PCを利用しているし、スキルは持っている。しかし、教材の準備に時間がかかる、機器のセッティングに手間がかかる、トラブルが発生した時に教員自身では対応ができない、といった問題がある」と指摘した。それについて赤堀教授は、ICT支援員を配置してトラブルが起こった時に教師をフォローする仕組みを作り、教員が安心してICT機器を使えるよう保証すべきだと述べた。

  廉氏は韓国でデジタル教科書の導入について、子どもが利用する教材が重くなりすぎてしまい、もっと軽くする必要があったという事情を紹介した。また、日本には平等に教育を受ける権利はあるが、その一方で住居地や学校の設備などによって教育の内容に偏りが生じている。教師も最先端の活用スキルを身につけなくてはいけないのではないか、と話した。

  中村教授は、コンテンツの開発、普及に費用をもっとかけるべきで、そのためには教育の政策重要度を高めるよう、政府に働きかけなくてはいけない、と話した。

▼「日本デジタル教科書学会」がめざすもの

日本デジタル教科書学会

片山会長

  片山会長は、「みんなのデジタル教科書教育研究会」という研究会で活動を行ってきたが、現在の学校の状況では、2020年に学習者用デジタル教科書導入などできないのではないか、という危機感を抱いていたという。

  「デジタル教科書・教材を広めるためには活用実践だけでなく、学術的な視点での研究が絶対的に不足している。その一方で、実際には各教科の先生が指導者用デジタル教材を使った教科の授業を行っている。まずは今ある実践を広げ、学習者用デジタル教科書の導入にはずみをつけたい。しかし教科のエキスパートと言うべき先生は、実践には関心があるが、実践を論文にまとめることについては消極的。研究論文の書き方も訓練を受けていない。そこで本研究会では、そうした教師の実践を、学術研究論文にまとめたい。そうした教師と研究者とを結びつけることがこの研究会の目的のひとつ」と片山会長は話した。

  学会に参加した研究者は教育工学系の研究者が多いが、教育学、発達心理学、認知科学の研究者や、医療にiPadを活用している医療系の研究者もいるという。

  「実践者である教師と研究者が対等な立場で研究ができるよう、理事も教師が10人、研究者が10人という構成になっている。そして、質の高い研究論文ができあがるよう、論文作成のサポートの場を設け、手法を公開していく」ことを検討していることを明らにした。

  今後、HPやフェイスブックを通じて、情報発信を行っていくという。

【2012年9月3日】

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