座談会子供が主役になる次世代の学び タブレット端末活用「成功」の要件(1)

広瀬一弥教諭
亀岡市立南つつじヶ丘
小学校
広瀬一弥教諭
林向達 徳島文理大学・短期大学部 准教授
徳島文理大学
短期学部
林向達准教授
田中康平氏(株式会社NEL&M)
株式会社NEL&M
田中康平氏

学習者用端末の教育活用が関心を集めている。実践者、研究者、企業3者の立場から、学習者用端末を巡る諸課題と解決策を論じた。実践者の立場からは、3種類の端末を活用して「新しい学力」を育む授業デザインを検証している広瀬一弥教諭(亀岡市立南つつじヶ丘小学校)、研究者の立場からは、文部科学省・学びのイノベーション事業に携わった林向達准教授(徳島文理大学・短期大学部)、企業の立場からは、前職で多くの学校のICT環境構築・納入に携わり、現在教育ICT環境デザインを手がける田中康平氏(株式会社NEL&M)。学習者用端末は、その教育効果をどこに想定するのかで、導入形態や環境整備、端末の性能が異なってくる。

目標ありきで環境を整備する

2種類のOS・3種類の端末で効果検証 広瀬

クラウド時代を想定して規則を見直す 林

「右に倣え」の導入では現場教員が迷走 田中

■広瀬 現在、京都府の学力向上システム開発校として、「ICT活用と言語活動の充実」が「活用型学力の育成」にどのように寄与するかについて研究を進めており、2種類のOSで3種類の学習者用端末を活用しています。

そのため、よく「どの端末が良いか」と聞かれます。しかし単純に選択はできません。複数種類を使ってみて改めて感じることは、学習者用端末の導入が成功するかしないかは、どのOS、どの大きさの端末を入れるかではなく、どんな授業を行いたいのか、で決まるということ。それに加えて、インフラ整備、行政のセキュリティポリシー、支援員の存在が土台になります。

■林 「どんな教育をするのか」が最も重要です。最初に「Windowsか、iOSか」等デバイス選定を考えるのは順序が違います。21世紀型能力などの「新しい学力」に応える教育を目指すのか、「わかりやすい授業の実現」に注力して現行の全国学力・学習状況調査の点数アップを目指すのか。小学生か、中学生か、高校生か等によって授業内容や方法が変わり、その結果として必要な学習環境も決まってくるのです。

■田中 これは一例ですが、ある地区の教員は反応の良さから授業の流れがスムーズなiPadが欲しい、と言う。しかし一方で、「キーボードが必要」、「既存の教材を活用したい」という主張も出る。どちらの意見も正しいので、どちらもなんとか実現しようとして、結局双方にとって不満の残る整備になってしまうことがあります。私としては、どのような力をつけさせたいのか、実際に活用する教員の意見を優先すべきだと感じています。

何を目標にどのような授業を展開し、その結果端末をどう活用しているのかを観点に各校の事例を見ていくと、活用や整備の道筋が見えてくるのではないでしょうか。

■広瀬 3種類の端末を使って授業を行っていると、多くの発見があります。

レポートや新聞作成はキーボード付きPC、映像を元にした話し合い活動にはiPadなど、児童はその3種類を自分から使い分けています。

また、活用を進める中で、学習意欲の高い児童ほど、学習者用端末を与えるメリットが大きいということもわかってきました。学習意欲が低い場合は、その学習内容によって与えるべきかどうかを見極める必要があり、その見極めもこれからの教員の仕事の1つです。

■林 「端末は高価、複数種類の整備は無理。よってなんでもできるオールインワン機器が兼用できて都合がいい」という発想はそろそろ反省したほうがいい。そもそも端末を1種類に限定することに無理があり、目的に合わせて使い分けることが自然です。使える調理器具が1種類では家庭科の調理が成り立たないのと同じです。

予算の関係で取捨選択が必要であれば、「この部分を実現したい」からこの大きさ、キーボードの有無、この機能や性能と絞り込んでいくしかありません。最も重要なことは、その選択によって、捨てなければならない目標、諦めなければならない到達点があると皆が自覚することです。

学力向上という場合、多くは現在の全国学力・学習状況調査の成績を指しています。その学力を着実に上げることを最大の目標とするならば、従来通りの指導・学習方法をとるほうが多くの教員にとって馴染みがあり安全です。典型的な事例が秋田県です。

■田中 受験校において学力向上を目的に導入、かつ情報端末の使用回数の報告義務を設ける等、スタート地点を誤っているように見える例もあり、せっかくの整備がもったいないと感じることがあります。

■広瀬 学力向上にICTが役に立つ、という論理は、間違いではないが正しいわけでもない。

「わかりやすい授業の実現」に焦点を当てた授業改善にICTを活用することで、全国学力・学習状況調査の点数が上がる可能性がある。

しかし、新しい学力観を模索する活用であれば、その試行錯誤の最中は、調査結果が思うように伸びないこともおこります。

一方で、情報活用能力が高いクラスは、やはり調査結果の点数も高い傾向にあるのです。

情報活用能力は高次の学力ですから、これがきちんと身に付くと、結果として学力との相関関係が生じるということです。しかしグラフは右肩上がりで進むとは限りません。

■田中 学習者用端末活用の目的は、「従来の学力の向上」のみではない。様々な事例の報告があり、様々な可能性があり、かつ議会が求めることに対して上手に言ってしまう面もある。ICTで学力向上、というのはわかりやすい図式で予算も確保しやすいため、この2つを結びつけるエビデンス等が研究者からレポートされていますが、授業法も学習法も、実に多様。そのため、予算確保の名目、本来の導入目的にズレが生じやすい。いざ導入されると、これまでの授業で、できなかったことが実現できる場面もある。しかし、授業進行が変わり、できていたことができなくなる場面もある。そのとき、本来の目的を共通理解していないと、利用者の納得感が得難いのです。目標を明確にせず、単純に「端末活用」のみに焦点を当てた「右に倣え」の導入では、現場教員の負担が増し、迷走してしまうことになりかねません。

■林 新しい学力の育成を目指す場合には、思う存分試行錯誤させたり、多様性に触れさせて理解を深めたりするなどの学習活動にICTが有効な道具であることも確か。新しい道具を取り入れた直後は学力・学習状況調査の結果が落ちることも覚悟で、それでも今後に向かって取り組むことに価値があると思える授業デザインを教員は持つ必要があります。

新しい学びに対応できる準備を

■林 時代は変わった、当然学力観も変わる、では学校教育をどう変えるのか。そこが明確に意識されるようになれば、教員の視点や立ち位置が変わり、授業が変わり、ICT活用の意味合いや活用手法も変わっていきます。早くそこにたどりつきたいですね。

■広瀬 子供達に身に付けさせたい力は多様化しており、学校の役割が変わり、学校そのものが変わらなければならないことは理解できます。そして変わりきれていないことも。日々人材不足は加速している状況です。そこにうまくICTを絡めることができればいいと考えて実践しています。

とはいえ、実践を進める中でICT支援員がいないのはきつい、というのが正直な感想。

■林 向かう時代にふさわしい授業デザインについての議論が深まれば、端末を始めとするICTは教員にとって武器であることがわかってくる。そうしたコンセンサスが得られれば、機器は備品や教材として淡々と入れる、というスタンスも可能になる。ICT支援員の必要性も明確になります。

次期学習指導要領について検討が始まっている今が勝負時。ここで、育成すべき資質・能力の必要性をより明確にアピールしなければならない。

今後始まる情報活用能力調査の効果も期待したいところです。

■広瀬 情報活用能力調査が新しい学力観を見直すきっかけになって欲しいですね。

教員にとって、これからの教育において、あるべき学習方法を学習指導要領等になんらかの形で明文化されることは、教員が授業設計を考え直す大きなきっかけになると考えます。

■田中 志ある自治体においては、その自治体の教育の情報化ビジョンに反映されることになるでしょう。

■林 新しい学びに対応できる準備を、社会全体で進めていかなければなりません。やろうと思えばいろいろできるにも係わらず、古くからの法や条例などの縛りでできない、といった理不尽な実状を認め、まずは現行の決まりごとを見直すこと。学校と外部とがつながるクラウド時代を想定して、社会全体のシステムを柔軟にしていくことが今、必要です。

■田中 教員や児童生徒のBYOD( =Bring Your Own Device)に移行するための準備ですね。教員の持ち込みPC率が高いことは「悪」というのがこれまでの常識でしたが、今後この見方は変わっていく可能性があります。教材活用に関しては教員BYODを認めることにより活用率が高まり、授業アイデアも拡がるのではないでしょうか。

■広瀬 どんな授業にどんな環境が必要なのかは、失敗しなければわからない部分もあります。未知の領域に進むわけですから成功や失敗については、赤裸々にし、成功に結びついていない学校あるいは自治体を責めるのではなく、次に進むためのステップとして共有していきたいですね。

【2014年10月6日】

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