報告:NewEducationExpo

ハイレベルな問題解決能力を育む<東京大学・慶應義塾大学 鈴木寛教授>

未来の教育を考えるNewEducationExpo 2016が6月2日(木)〜4日(土)に東京会場で、6月17日(金)・18日(土)に大阪会場で開催され、最新の教育動向についての講演や多数の教育実践報告、未来の教室での体験授業が行われた。今年度の公開授業は、筑波大学附属小学校(東京)と大阪教育大学附属池田小学校(大阪)。公共ICTフォーラム、パナソニック教育財団創立40周年記念事業、日本教育工学会シンポジウムも同時開催され、前年度を上回る教育関係者が参集した。来年の開催は東京会場6月1日(木)〜3日(土)、大阪会場16日(金)・17日(土)に実施予定。

メタ認知力を上げ能動的な学習者へ

特別講演

教育改革の本質を考える―なぜ入試改革、アクティブ・ラーニングが必要なのか

鈴木寛教授
鈴木寛教授(東京大学)はA・Lと入試改革の必要性について語った

現在文部科学大臣補佐官を務める鈴木寛教授(東京大学・慶應義塾大学)は特別講演で入試改革、アクティブ・ラーニングの必要性について講演。「教育改革の本質」は「2100年まで生きる子供たちの成長期をどう教育していくのかにある」と語った。

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昨年は、今後の教育の基本方針を決める重要な審議会が2つ立ち上がった。

中央教育審議会教育課程部会 教育課程企画特別部会(第7期)(羽入佐和子主査・お茶の水女子大学前学長)では、新学習指導要領の方向性がほぼ決定した。

2つめが高大システム改革会議(安西祐一郎座長・独立行政法人日本学術振興会理事長)で、3月に報告書がまとめられた。以後はこれらの基本理念に従った実施のための設計と実現の段階になる。

PISAから見る高大接続の理由 

なぜ「高大接続」なのか。

それは「小中学校で培った能力を高校でも伸ばし、それが大学入試に接続できるようにする」ためである。
日本の15歳の学力は世界一に戻っている(PISA2012によるとOECD加盟34か国中、数学リテラシー2位、読解力1位、科学的リテラシー1位、総合1位)。その要因はいくつか考えられる。

1つは、朝読などの活動により「不読者」が圧倒的に少ない点だ。

2014年の調査結果によると、日本の小学生の不読率は3・8%、中学生の不読者は15・6%と大幅に改善された。一時は不読者5割であった中学生の改善は特に大きい。

一方で高校生の不読者は5割弱と増えている。小学生11・4冊/月に対して高校生1・6冊/月だ。

学ぶことは読むことである。「書を読み、友や師と語り、仲間と何かを為す」人材を育むためには、高校教育におけるこの数字を変えていかなければならない。

例えば「芸術作品は我々の知覚を鍛えるのか」というのが2014年のバカロレアの人文系の問題だ。理系では、デカルト「精神指導の規則」の抜粋の解説が出題された。フランスの高校生はこのテーマで数時間論じることができる。現在の日本の高校生には無理だろう。白地の答案用紙を埋めるには相当のエネルギーと集中力が必要である。文章を書く、という基本スキルがない高校生が7割を占めるといわれている状況を変え、日本人の「メタ認知能力」を上げていく。

そのための入試改革であり、高等学校における教科再編である。

新教科「歴史総合」に関しては、日本学術会議が素晴らしい答申を報告した。

常に前提が変わり、不確実性が加速している現代において、ニーズが今後一層高まるのが、ハイレベルな問題解決能力だ。日本人が最も強いといわれているミドルレベルは、人口知能が取って代わる可能性が高く、ニーズ減となる。「板挟み」の状況に直面しながらも問題を解決することができる市民の再生に向けて、「歴史総合」では戦後や明治維新の動乱など歴史的困難を生き抜いてきた先人のストーリーなど、現代史に絞り込み、必修科目として学ぶ。

国語でもグラフを読解して論じる、世界史は暗記ではなく考える科目とする、数理探究では現象を解明・説明することを重んじる、英語では4技能を鍛える、選択科目の数理探究では論文を書くことができる力を意識。また、「学び直し」については正規科目でも導入をしていくなどの準備が行われている。

現在、物理化学分野での日本人ノーベル賞受賞者数が頻出しているのは、70〜80年代の日本の国立大学理系教育の成果。以降の大学教育がこれと同等レベルであるかどうかは疑問だが、現状では東京大学物理学科や京都大学理化学部は世界のトップレベル。これを押し下げている理由はいくつかあり、そのうちの1つが文系学部の不振にある。

なお2015年に実施されたPISAは問題解決能力の測定が加わっており、結果は本年12月頃発表予定。今回どのような結果が出るのか懸念されているところだ。

学ぶ意欲・関心を育む入試改革へ

日本の15歳の学力は世界一であるにもかかわらず「学ぶ意欲」が34か国中33位と相変わらず低い。現在、OECD2030に向けたアドバイザーを務めているが、OECD2030では知識・スキルに加えて興味・関心項目が追加される方向だ。

OECDのアンドレアス・ シュライヒャー教育局長は「日本はOECDのメインメッセージを未だに受け取っていない」と語っている。学ぶ意欲を喚起しない限り、受験などのプレッシャーがなくなった途端「学ばない大人」になる。

教育改革のポイントは教員のマインドセットの転換から

ここ20年イノベーションが起きていないのはマークシート入試による弊害ではないかと感じている。

マークシートは「間違い探し」が基本になっている。現在の東大生も「間違い探し」に長けている。この能力は品質保証には必要な力ではある。日本の医療ミスの少なさ、日本の列車の時間の正確さもまたは世界有数であり、これらはアジアに輸出すべき財産といえる。

しかしさらに強く求められているのはイノベーションを起こす人材である。間違い探しに注力していてはクリエイションやイノベーションを起こすことは難しい。

東京大学の学生であっても自己肯定感が低く、グループワークでリーダーシップをとるのは留学生ばかりだ。しかし大企業であるほど、上司や同僚、部下に外国人のいない状況はなくなっていく。外国人との仕事には、想定外のタフネスさが求められる。そのような状況でリーダーシップを取れる人材を育まなければならない。

これらの解決のためのアクティブ・ラーニングである。学び合いを通してパッシブ・ラーナー(受動的学習者)からアクティブ・ラーナーを育んでいく。ある進学校の現場教員は「SSHに熱心に取り組むほど学校偏差値が下がる」と発言した。これは大学入試がおかしいということ。SSHに熱心に取り組むほど成功する、という大学入試があるべき姿である。

こういった主体性や協働する力は一度のペーパーで図ることは難しい。そこで入試では、SSHなどの取組を含めた高校時代などのアクティビティの報告を見ることとしており、各大学は学部ごとにAP(アドミッションポリシー)を作成しなければならない。

現在、大学入学希望者学力評価テスト(仮称)の記述式問題の導入については公立高等学校校長会と意見が異なる部分がある。しかし250年ぶりの大改革を前にして高等学校教育が変わることは大前提であり、拒否するための議論ではなく、どう進めていくかについての議論に移行する必要がある。今年前半の大きな課題といえる。マークシート撤廃という教育文化の変革において、求められている教員像はアクティブ・ティーチャーだ。教育改革のポイントは教員のマインドセットかかっている。
今年前半の大きな課題といえる

 

【2016年7月4日】

 

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