九州・有明海から東シナ海への出口に突き出た胃袋型の島原半島。そのほぼ中央にそびえる雲仙普賢岳の噴火から今年で15年となる。活動終息宣言を経て山肌にも緑が甦り、『大地と人のエネルギーあふれる ふれあい半島』になっていた。雄大で変化に富んだ自然、深みのある歴史、人々の優しさ、温泉、多彩な味覚ーを探る本紙企画の教育旅行視察会が昨年暮れに行われた。首都圏から参加していただいた4名の先生(東京都調布市立第六中学校長・浅川公一さん、同学年主任・横溝照夫さん、板橋区立板橋第三中学校長・松浦正行さん、都立上野高校教諭・永島昇太郎さん)が島原市、小浜町、雲仙など2泊3日でつぶさに見て聞いた一部始終と座談会の様子を紹介する。
第1日 島原城、武家屋敷などで
歴史を実感する
 |
武家屋敷街を散策 |
1時間50分の空の旅から、さらにバスで約60分。諫早経由で島原市内へ入ったが、途中の車窓から有明海の巨大な諫早湾干拓堤防(全長7キロ)や、全国第2位の生産量を誇る美味な秋植えのジャガイモ畑が広がる愛野町一帯を展望するなど、先生方は興味津々の景色が続いて退屈しなかった。
まず、復元された島原城の本丸前に立つ。案内役の島原市商工観光課・倉重貴一さんから「島原の乱を招いたのは、この城の築城も一つのきっかけとなっています」との説明に先生方の目が輝いた。
「乱の原因は教科書にも出ていますが、現場で細かな要因、言い伝えを聞くのとでは実感が違いますね」と浅川先生。城内で展示中のキリシタン史料を見て歩きながら「当時の農民の信仰心が厚かったこと、欧州から伝来した印刷技術やビードロなどの美術品が島原に入っていた事実が分かる」と感嘆する。現在も続く原城跡の発掘現場では、小さな十字架や鋳造した弾丸、遺骨などが出土されているという。
■落着いた城下町で会う
子ども達の元気な挨拶 先生方をホッとさせたのは、島原の街中に漂う独特な落着いた空気だった。下級武士の住んでいた本丸西側に、400メートルに及ぶ石造りの湧水路を挟んだ小道があった。せせらぎの音が聞こえてきそうな静けさの中を黙々と歩く。両側に、数軒の茅葺屋根の屋敷が苔むした石塀の中に見え隠れする。タイムスリップしたひと時に浸っているような錯覚をしてしまう。
公開中の13石2人扶持の祐筆(書記)の屋敷内へ上がってみる。書斎、居間、家族部屋、台所など意外と広い間取りに一同驚く。しかも敷地は一律90坪(297平方メートル)。
家長らしい威厳のある侍の前で正座する、前髪の息子らしい若侍。実物大の人形だが今にも口を利きそうな気配だ。教育現場に立つ現代の先生方にも、当時の親子関係の厳しさが肌に伝わってくるのかも知れない。
さらに先生方を驚かせたのは、市内で出会った小中学生たちが、必ず向うからお辞儀をして「こんにちは」とはっきりした声であいさつをすることだった。しかも滞在中に茶髪の若者に一人も出会わなかった。「都会では考えられない。どうしてでしょうかね」と首をかしげる先生方。
地元の市役所、観光協会の関係者と共に交流会に出席された島原市立第三中の宮崎和夫校長に、この疑問をぶつけてみた。「強いて言えば、平成11年度から市内の小中学校が取り組んだ、噴火災害から学んだ生命、きずな、感謝の心を教育の基盤にしてきた効果の表れだろうと考えております」と明解なお答え。
災害支援で全国から励ましや義援金が寄せられたこと、姉妹都市の間柄にある福知山市(京都府)、豊後高田市(大分県)をはじめ、平戸市(長崎県)、那覇市(沖縄県)などとも小中学生の交流学習会が行われ、「一人ひとりがよく考え、思いやりのある、心豊かな子になれるような生徒像を明確にした。めざす学校像、めざす教師像にも広げ努力目標を掲げてきた」と説明する宮崎先生。「すばらしいことですね」と賛同する視察会の先生方だった。
第2日 災害をリアルに体験する
普賢岳〜雲仙〜小浜町へ
 |
まゆやまロードから普賢岳をのぞむ |
2日目は、ホテルから噴火した普賢岳の土石流が流れ着いた島原市平成町の「雲仙岳災害記念館」へ直行。2年前に完成した、別名がまだす(方言で頑張るの意味)ドームとも呼ばれる全国初の火山体験学習施設である。
広い室内空間へ入ると、足元の細長い強化ガラスの下に横たわる倒木、火山灰の上を時速100キロで通過していく火砕流(光)の流れが、そのすさまじさを体感でき真に迫る。さらに平成大噴火シアターへ誘導され、直径14メートルのドーム型大画面に繰り広げられる立体化された大噴火の行程がリアルに展開される。
 |
2日目の災害記念館で、鐘ケ江名誉館長から 当時の生々しい話を聞く |
足元が画面に同調して上下に大きく揺れ、轟音と一緒に熱風が顔面に吹きかかり思わず目を閉じ顔を背けてしまいそうな迫力。7分の上映だったが、終わった後の脱力感、冷や汗で思わずため息をついてしまう。「自然災害の怖さを知り、日ごろの備えの大切さを学ぶには、よい体験です」と永島先生。うっすらと額に汗がにじんでいた。
名誉館長の鐘ケ江管一さん(災害時の島原市長)が、防災服姿で出迎えてくださった。寝食を忘れて防災に努めた苦悩の当時を振り返り、「永久に語り継がねばなりません」ときっぱり。「重みのある言葉ですね。生徒にも聞かせてあげたい」と浅川先生が感想をもらす。
 |
土石流被災屋敷保存公園には2階まで 埋まった家がそのままに保存されている |
次いで近くの土石流被災家屋保存公園へ向かう。平成4年8月の土石流で平均2・8メートルの土砂に埋没されたままの家屋11棟(1棟は移築)の姿が痛々しい。
一行を乗せたバスは、土石流が襲った水無川沿いに眉山ロードを登って行く。災害防止のために下流の流域に30基の導流堤(総延長5・2キロ)が2年前に完成。
山肌の斜面にも鮮やかなグリーンが甦り目に優しい。噴火後にヘリコプターによる種子散布や地元住民による植樹など官民一体となった緑の復元への願いが実った結果。
平成新山ネイチャーセンターの展望台から1483(厳密には1482・7)メートルの平成新山の山頂に溶岩の鋭い牙が連なって見える。細く長く吹き上がる水蒸気の白さが不気味だ。「スケールの大きな噴火が一目瞭然です。自然の猛威を謙虚に受け取れる風景ですね」とは松浦先生のつぶやき。
■水屋敷と鯉の泳ぐ街角
足湯で人々との交歓 再び市内に戻り湧水のある水屋敷へ。商店街に面した小さな木戸を入ると鬱蒼とした雑木林の先に1階が和風で2階が洋風の古い和洋折衷の建物。1階の日本間で毎秒50リットルの湧水池の鯉を眺めながら、白玉団子に蜂蜜、白砂糖の特製蜜をかけた寒ざらしが食べられる。
市内はいたるところが湧水ポイント。最近の話題は、中心街に昨年出来た大型の足湯。先生方もズボンの裾をまくり上げて湯に浸かり目を細める。「いい時間です。人々の温かさが温泉みたいにジンと伝わってきます」とは横溝先生。
■第一号国立公園「雲仙」
は気品の魅力 バスは、普賢岳の裏手を登って雲仙に到着。観光協会の秀山裕史さんが案内役で硫黄泉の白煙上がる地獄を巡る。70年前、全国で初の国立公園となった雲仙の成り立ちを見せてくれるお山の情報館へ。アイディアを凝らした展示内容で先生方も熱心に見て回った。
隣接のビードロ美術館では、ガラス細工体験に挑んでみる。グラスの形、彩色を指定し、自らパイプの先の赤い熱玉に空気を吹き込んで形を整えていく工程。専門家が付ききりでタイミングを教えてくれる。創造の意欲を高揚させてくれる細工体験は、修学旅行のよい想い出になるに違いない。
雲仙の町は派手な看板なし。建物すべてが高さ、色彩に環境省の規制がかかり、周囲の緑と調和している。大正期から外国人や文化人の避暑地としてにぎわった歴史が雲仙温泉の気品を失わせていないのがいい。
■湯量が日本有数の小浜
「福祉と温泉」の町に 懐深い橘湾沿いの小浜で、常連客だった歌人の斉藤茂吉が、夕日の美しさを絶賛し歌に残している。21か所ある源泉から立ちのぼる幾筋もの湯煙は全国有数の湯量を示す。温泉街中央の高台に建つ町の歴史遺産で築160年になる湯守、本多湯太夫屋敷(小浜町歴史資料館)の敷地内でも源泉が湯煙を上げている。
明治、大正期には、バカンスで雲仙に長期滞在する外国人たちが、温泉と海水浴を楽しみに小浜を往来したという記録も残されている。
お年寄りや体の不自由な観光客・湯治客に温泉街の買い物や、見物など町内めぐりに利用してもらおうと時速6キロ、操作の簡単な「ショップモビリティ(電動四輪スクーター)」が32台用意され利用率も高い。旅館、ホテルでは段差のないロビーやトイレなどバリアフリーに改装するところも多く・福祉の温泉町・へと変身中で、体験学習の教材として先生方から注目されていた。
第3日 「半島を花一杯に」の瑞穂町
フラワー体験は新鮮な驚き
3日目は雲仙岳の北山麓、湧水と銘柄米で知られる瑞穂町でフラワーアレンジメント(装飾)に挑戦する。温暖な気候に恵まれ花栽培が盛んな土地柄で数年前から「半島を花一杯運動」の拠点となっている。
指導されたのはフラワー装飾資格を持つ主婦の宮崎明美さん。小さなビニールハウスで自ら育てた旬の花を材料に、竹篭の中に華麗な世界を盛り付けていく。自宅を開放した教室で、生け方の説明を受けた先生方が、慎重に手にした花を特殊な台座へ一本ずつ挿し込んでいく。
「女子生徒に喜んでもらえそうですね。都会ではなかなか体験できないことですから」(浅川先生)。材料となる花は、色とりどりのカーネーション、ガーベラ、かずら、ねこやなぎ、松ぼっくり…。それぞれ、美しさを競い合う個性的な花盛りが出来上がっていく。
次に、首都圏、関西圏へ出荷しているという大型ビニールハウスで花摘み体験をする。高級品種の大きなガーベラの花がハウスの中で多色刷りに咲いていた。「花弁が二重になっている花を選んでください。この花はつぼみで開きませんよ」。オーナーの東康敬さんの指摘で花の特性を学ぶ。半島の人々の優しさが、妥協しない花作りをしているという実感。
3月から半島の情報を全国に発信する・がまだすネット・が始動するが、先生方にとっても旅行先の調査データ収集に大いに役立ちそうである。充実した2泊3日の視察旅行は、「手ごたえ十分」といえる内容だった。
≪視察会の全行程≫
●12月25日(土)=午前10時25分・羽田空港発−→午後12時20分・長崎空港着→バス→島原市内見学・島原城(キリシタン史料展など)→武家屋敷周辺の散策→島原市・九十九ホテル(宿泊)
●12月26日(日)=午前8時30分発→バス→雲仙岳災害記念館・土石流被災家屋保存公園→島原まゆやまロード(平成新山ネイチャーセンター)→島原市内・昼食→鯉の泳ぐまち(湧水ゾーン)散策→雲仙・仁田峠→雲仙地獄→雲仙お山の情報館・ビードロ美術館(ガラス細工体験)→小浜町・春陽館(宿泊)
●12月27日(月)=午前8時30分発→バス→瑞穂町・フラワーアレンジメント体験→季節の花摘み体験→座談会・昼食→長崎空港着・午後4時発→午後5時30分・羽田空港着(解散)
【2005年1月29日号】
