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INTERVIEW 「人・仕事・人生」
“引きこもり”青年の成長を小説に
作家
 本岡 類さん
作家 本岡類さん
ミステリー作家からの転進第一作
  命の大切さや心、体験が育む力


 小学生の頃まで体が強いほうでなく、竹上り(上り棒)や逆上がりが出来ない子どもだった。授業中も座っていられず、床に寝転んでは幾度も叱られた。「とにかく体がだるくて、座り続ける体力がそもそもなかった」と、当時を振り返る。学年が上がるにつれ逆上がりが出来、竹上りも頂上まで行ける体力がつき、それに従って席に座っていられるようになって、勉強も出来るように。だから、教室でじっとしていられない子が増えているという話題に触れるたび、学力偏重に向かいつつある現在の学校教育に疑念が湧いてくる。

 30歳で推理小説新人賞を授賞、これまで30数冊のミステリー作品を出版してきた。ところが、50歳を越え、ミステリーから離れることを決意する。その一作目が6月に出版された。「夏の魔法」、19歳のひきこもり青年が離婚して別居していた父親の経営する牧場で生活をすることとなる。昼夜逆転の無気力な息子を理解できない父親、やがて、牧場での経験を通し、お互いに心情が変化していく。

 この作品は、10年来の疑問を小説にした。動物社会では立派に子育てをしているのに、ヒト、特に今の日本人の子どもは豊かな社会に恵まれながらもなぜ上手く育たないのだろう。

 以前、3年制専門学校の卒業ゼミで、学生に文章の書き方を講義したことがある。そのとき、驚いたことがいくつかある。まず、最初の数ケ月間の学生達のまったくといっていいほどの無反応さ。そして、「すり鉢状」を間違った引用で使っていた文章に接したとき、では、実際のすり鉢を各自で調べてくるようにと、調理用品の問屋街の場所を教えたが、後日、誰も訪れた者がない。理由を訊くと、「僕たち尻が重いんです」の答え、など…
 ところが、牧場を取材したとき、多くが都会での生活から逃げてきた青年達なのによく話をするのだ。これは、1牛や仕事など介するものがある2外で働いていることで、彼らが話したいことが自然とできてくる−と、実感した。

 今、子育ては難しいのだろうか。本岡さんは一つの新聞記事を思い出す。それはある女性の投書。まだ新幹線のない時代、長野から茨城の海まで遠足に行った小学生だった女性がアサリを土産に持って帰ったが、当然、生だったアサリは腐っていた。ところが、それを受け取った女性の母親は、娘が気を遣って買ってきたものだからと捨てず、庭の草木の肥料にと煮て撒いた。失敗して怒られる覚悟をしていた娘は救われた。

 今、子どもの立場になって接する大人はどれだけいるだろう。自身、大手出版社という強い立場からフリーの作家という仕事を受ける立場になったからこそ気づいたことがある。出版社は“雇った者”の能力などを評価しつつ仕事を進めるが、“雇われた側”もまた、「この編集者と組んで大丈夫か」など、内心では強い側を評価していると。

 子どもは子どもなりに親を、教師を、大人を評価している。


<プロフィール>
  本岡類(もとおか・るい)=1951年、千葉県生まれ。
 ・早稲田大学卒業後、講談社に勤務。
  81年、「歪んだ駒跡」でオール読み物推理小説新人賞受賞。
  2年後に退社、作家に。ミステリー作品に「鎖された旅券」「真冬の誘拐者」「窒息地帯」「神の柩」など著書多数。
  今年6月、ミステリーを離れた第一作目「夏の魔法」を新潮社より出版。


【2005年7月16日号】