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再注目の本「『のび太』という生き方」

富山大学名誉教授 横山泰行さん

大人は子どもの"ドラえもん"に絶えず状況を見極める存在へ

 2004年に刊行された1冊の本が、今再び注目を浴びている。日本人ならずとも海外でも知られている「ドラえもん」の登場人物「のび太」を題材にした「『のび太』という生き方」(アスコム刊)だ。昼寝ばかりして宿題もせずに成績も悪く、いつもジャイアンとスネ夫にからかわれている「のび太」。しかし、著者で教育学者でもある横山泰行さんは「のび太は、大好きなしずちゃんと結婚しますし、実は成功者なのですよ」と話す。

 横山さんは、1969年に連載が開始された「ドラえもん」を題材に、卒業論文で子ども達の遊びがどのような変遷を遂げているかを調べるうちに、その魅力にとりつかれた。「ドラえもんの研究はすでにたくさんありましたので、切り口を変えてみようと、コミック短編45巻、大長編17巻の中の吹き出しをデータベース化することにしました」。

 ついには、「ドラえもん学」を提唱し、99年には、富山大学で自由参加型ゼミ「ドラえもんの世界」を開講。ドラえもんの誕生日となる同年9月3日には、HP「ドラえもん学コロキアム」を開設した。

 「ドラえもんの主な登場人物はドラえもん、のび太、しずちゃん、ジャイアン、スネ夫。ドラえもんに注目が集まりがちですが、全作品に出ているのはのび太だけであることをご存知でしょうか」。蓄積したデータベースを見るとこんなこともわかるのだ。

 作品を振り返っていくとのび太は悪口を言わない、めげない、誰にでも優しい、夢をあきらめないなどなど、温かい心の持ち主なことがわかってくる。「深刻な場面もありますが、基本的に楽天的。ドラえもんのひみつ道具の助けを借りるものの、本質的な解決にはつながっていません。本質的な解決は心にあります。道具はきっかけであり、のび太は自分で立ち向かっています」。そんなのび太を見て、読者は自分の分身、近い存在として応援し、共感し、愛すべき存在となっている。

 書籍「『のび太』という生き方」が再注目されたのは、昨年のこと。ある子どもが05年に書いた(当時中学生)読書感想文が、インターネットで話題にのぼり、それがYahoo!ニュースとなったことがきっかけで、すでに9万部増刷されている。「驚きましたね。大きく時代が変化するなかで、人々は違った生き方をしたいと考えるようになったのかもしれません」

 注目の読書感想文の締めくくりには、「僕にロボットの形をしたドラえもんはいないけれども、心の中にドラえもんは存在する。希望を持ち続けることにより、心の輝きを失わずに豊かな人生を送りたいと思う」と書かれている。
 「ドラえもんのひみつ道具がのび太が進む"きっかけ"になっているように、私達の周りには"きっかけ"がたくさんあります。ドラえもんは絶えず状況を見極め、弱者の心を読み取っています。先生達もぜひそのような"きっかけ"になってください」

 教育学者が始めた「ドラえもん学」により、国民的マンガ・ドラえもんの世界が広がった。「1世紀先まで読まれる"古典"になって欲しいと思っています」

横山泰行(よこやま やすゆき)=1942年岐阜県出身。76年東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。フルブライト交換留学生としてペンシルバニア州立大学へ留学。富山大学名誉教授。「ドラえもん学」を研究し、99年4月、富山大学にて単位認定のない自由参加型ゼミ「ドラえもんの世界」を開講。主な著書は「『のびた』という生きかた」(アスコム)、「ドラえもんの謎」(渡部昇一共著・ビジネス社)等。

【2011年7月18日号】