子どもの心とからだの健康 自閉症
「自閉症」はそのネーミングから、「心の殻に閉じこもる病気」と思われがちです。1943年に報告された当初は実際にそう思われており、原因とされたのは「母親の愛情不足」でした。しかし研究が進んだ30年程前、そうした心因説は完全に否定されたのです。今回は一般に理解されにくい「自閉症」について、都立梅ケ丘病院副院長の市川宏伸さんにお話を伺いました。
〈取材=藤田翠〉
−−−自閉症とは、どんな障害ですか?
自閉症は「広汎性(行き渡る所が広い)発達障害」と呼ばれている疾患の中の1つです。最近注目されている女子特有の「レット症候群」と、男子に多い「アスペルガー症候群」なども同じグループに入ります。自閉症の障害は3歳までに現われ、その特徴の第1は、相互的な人間関係をうまく作れないこと。第2は、言葉でうまくコミュニケーションがとれないこと(アスペルガー症候群を除く)。第3は、興味や行動の幅が狭く、こだわった同じ行動を繰り返すことです。
−−−自閉症の子は多いのですか?
最近の報告では、500〜1000人の出産に1名の発症とされています。男子は女子の4〜5倍で、自閉症の約75%は知的障害を伴っています。
自閉症児から見た世界
−−−自閉症の子は独特のしぐさをするそうですが。
重度の自閉症児の場合、言葉の遅れの他に、特徴的な行動があります。たとえば意味なく横目でじっと見る、指の間から覗き見る、顔を机や他人の顔に思いきり近づけて見る。自分の指を目の前でひらひら動かしてみるなど、さまざまです。これらは「見る」ことですが、「聴く」ことも、耳をふさいだり、紙のごわごわした音などを耳もとでさせて聴き入るなどです。
−−−なぜそのようなことをするのですか?
これらの行動は「自己刺激行動」といわれ、そうしたことをして、自ら刺激を求めているようなのです。このような行動をとることは、逆にいえば自閉症児は「見る、聴く」といった知覚に故障があると思われます(知覚障害)。
−−−自閉症は「広汎性障害」ということですが、他にはどのような障害がありますか?
ものごとを見たり聞いたりして、その意味がわかることを「認知」といいますが、自閉症児には障害があって、それができません(認知障害)。自閉症児は文字やマーク、道路標識などにとても興味を持ち、覚えますが、その「形」は見えても、何なのかは理解できないのです。同じように、人の「言葉」も音として聞こえますが、意味はわからないので、ものごとの流れや道筋を理解できません。
−−−そうした「知覚」と「認知」の障害はなぜ起きるのですか?
それは脳の神経伝達物質に異常があるからではといわれています。脳の障害は「指向性注意障害」といって、「大切なものとそうでないものとを区別して選択する注意力や持続力」が働かないということです。
私たちは誰でも日常生活の中で、無意識にしろ、その時一番大切な物や事柄に注意を向けながら情報を理解し、処理しています。もしその力がないと、まわりにある物や事柄はばらばらで、意味のわからないものの集まりになってしまうでしょう。自閉症児は指向性注意障害をもっているため、ものを感じとる(知覚)ことや、物事の意味や関係がわかる(認知)ことがない世界に住んでいるといえます。
−−−脳に障害がおきるきっかけは?
いろいろな説がありますが、現時点ではよくわかっていません。なんらかの生物学的背景の結果、生じるのではと考えられています。今いわれているのは、自閉症の人は一般の人より脳波異常の人が多い、感染症の後で症状が出ることがある、風疹の抗体を持たない母親が妊娠すると、生まれた子に自閉症の症状がでることが多い、などですが、これらは直接的な原因とはいえません。
−−−症状の出方は段階があるそうですね。
先にお話しましたように、自閉症児の75%の子は知能の発達が遅れています。このため、その子の知的水準(知能指数)によって、自閉症の症状が違います。重度の知的障害を伴った子は「低機能自閉症」といい、軽度の知的障害をもった子は「中機能自閉症」、知能が正常範囲の子は「高機能自閉症」といいます。高機能自閉症の子は超一流の大学を出ることもあり、ちょっと見ると変わったところはありません。ところがよく話してみると、考え方や話し方のイントネーションが独特だったり、友だちづくりがへただったりします。このため、就職しても協調性を要求される職場ではうまくいかないことがあります。中機能自閉症の子は、訓練によって、それなりに仕事を続けていける子もいます。
自閉症の治療法
−−−自閉症の治療法はあるのですか?
自閉症を根本的に治す薬は現時点ではないのですが、興奮する、乱暴が激しい、こだわりが極端というような症状を抑える薬を用い、対症療法を行っています。お子さんの年齢や障害の程度によって治療も違いますが、根本的な治療がないため、早期発見し、早く療育(治療と教育)を始めることをお勧めします。
−−−早期発見をするにはどのようにするといいのですか?
健診に行くことです。1歳半健診、3歳健診は身体的発達を中心に行われます。通常は1歳過ぎに「赤ちゃん語」を話し始めますが、自閉症では言葉が出なかったり、増えていかなかったり、途中で急激に減少することが知られています。心配なことはチェックしてもらうなり、専門医に相談しましょう。
−−−知覚と認知という大事な2つの能力に障害を持っている自閉症児は、どのように療育されるのでしょう?
周囲にいろいろな刺激があっても、障害のためにそれらが内面に入ってこないのですから、どうやったらその子が興味をもったり理解を示すかを工夫し、情報が入る形にしてあげることだと思います。たとえば短い言葉を言って聞かせてもただの音としか受け取れず、意味のつかめない子には、3歳くらいになってから絵本を見せてその名前をいうと、言葉を覚えることもあります。耳からではなく目から、言葉の意味がわかったということです。母親の身ぶり手ぶりに注目する子もいます。こうしたことは、専門の教材を使って訓練を受けることで、自閉症児が何かに注目するようになり、それがきっかけとなって外界を理解する力(認知)が増し、対人関係や言葉を使う力なども向上していくようです。
−−−自閉症の子の周りにいる友だちや大人は、どのように接するといいのでしょうか。
困ったことをしたときに叱ったり罰を与えても、自分のしたことと叱られたことや罰との関係がわかりませんから、効果は望めません。逆に、叱られることは構ってもらえることですから、そのためにわざと叱られるようなことをすることもあります。基本的には「良いことはほめ、社会的に困るようなことをしたときは、無視をするか、わかりやすくはっきり怒っていることを伝える」ことが良い習慣につながります。どんな場所にあっても、これから先のその子が日常生活や社会生活をスムーズに送れるようにすることが、自閉症の治療と教育の目標です。
−−−ありがとうございました。
(2001年12月15日号より)
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