子どもの心とからだの健康

お箸も重い、鉛が入っているような疲れ
慢性疲労症候群

 情報技術の進歩と共に、社会はますますスピードアップされ、複雑になってきています。その変化の中で生きる現代人は、知らないうちにさまざまなストレスを受けているに違いありません。その兆候を示すかのように、90年、アメリカの新聞紙上で「第2のエイズか」と、大きな話題をまいたのが「慢性疲労症候群(CFS)」です。一時的なパニックは鎮静化したものの、日本でも今、この病気に苦しむ人たちがいます。今回は「謎の疲労病」といわれる「慢性疲労症候群」について、日本大学板橋病院心療内科科長で、医学博士の村上正人さんにお話を伺いました。

● どんな病気?

−−CFS(慢性疲労症候群)は、どんな病気ですか?
 社会生活や労働ができず、「日常生活に支障をきたすほど」の強い疲労感が半年以上続く病気で診断基準を満たすものをいいます。症状としては、37・5度くらいの微熱やのどの痛み、筋肉痛や関節痛、リンパ節のはれ、頭痛、脱力感、集中力の低下、うつ状態、不眠、睡眠過多など、他にもたくさんの症状があります。

−−実際の患者さんの症状をお話しください
 46歳の会社の営業課長さんの例ですが、ある年の9月頃からひどい倦怠感で、半年の間、時々会社を休んで病院に通っているということでした。朝、起きたいのに鉛のように全身が重たい、食事をとろうとしても箸を持つのもつらいというのです。体重も10キロ減り、周囲の人は驚きました。そこで、内科でガンや成人病、膠原病などの精密検査を受けても、何も異常はなかったということです。

−−そのような患者さんは多いのですか?
 診断基準は今申し上げたようにいろいろな症状を含んでいます。けれども、リンパ腺がちょっと腫れるとか、7度5分くらいの熱がある、疲労感があるなどの症状を持つ方は、今の社会ではたくさんいるものです。そうした訴えをどこまでCFSの症状として数えるのかということがあります。それらの条件を厳密に押さえてゆくと、慢性疲労症候群だと思われる方はそう多くはなく、年間受診者3000人くらいの患者さんのうち、50人くらいでしょうか。

● 診断の基準

−−CFSは診断が難しいのでしょうか?
 検査をしても、異常所見は特に見つからないために心療内科に来られる患者さんは、いろいろな病院で「なんでもないですよ」と言われ続けてきた人たちなのです。ですから、注意深く話を聞くようにしています。すると、うつ病だったり、自律神経失調症だったりして、CFSと似ているけれども、他の病気のことがあります。

−−それでは、CFSだと思われるポイントは?
 極度の慢性的な疲労を訴えていて、これまで自律神経失調だとか、うつ病だとみられていた人の中に、「これはちょっと今までの病気と違うぞ」と感じる人がいます。そういう人たちに共通しているのは、「そういえば、あの頃から急におかしくなった」と、「思い当たること」があることです。そのこととは、「ある種のウイルスに感染して発病し、良くなった後に慢性疲労が生じている」という事実です。「あのインフルエンザの後」とか、「ヘルペスにかかって治った後」とか。

−−それはどういうことを意味するのでしょう?
 普通、心身共に健康な人であれば、一度ウイルスに感染して病気になっても、体の抵抗力が充分あるので、ウイルスを排除して病気が治っていきます。ところが蓄積された慢性的なストレスがあって、身体の抵抗力が落ちている人は、一度感染した後、ウイルスを排除する力がないので、ずっとリンパ球の中でウイルスが生き続けます。体の中にウイルスが共存してしまうのです。リンパ球が出すサイトカイン(可溶性物質)が「ひどい疲労感」を呼ぶものと考えられます。

−−では、そのウイルスの正体がわかれば、退治できるのですね?
 いいえ、今のところはウイルスによる感染後症候群ではないかと強く疑われているのですが、どんなウイルスが原因なのかは、わかっていないのです。また、「症候群」といわれるように、単一なウイルスが原因ではなく、さまざまな病因があるのではないかともいわれています。

● ストレスの溜まる人はかかりやすい

−−次に、CFSにかかりやすい条件について伺います。患者さんにはそうなりやすい下地があるのでしょうか?
 そうです。この病気になる背景には、「蓄積された慢性的なストレス」があります。ストレスがあると身体の抵抗力が落ちてしまうためです。ですから、この病気は、「ストレス病の典型」であり、「現代病」だともいえます。

−−ストレスのたまりやすい性格があるそうですね。
 あります。そうした性格の特徴をあげますと、自分を過剰に周囲に合わせてしまう、自分を抑制してしまう、ものごとを完璧にしないと気がすまない、がんばってしまう、ものごとをマイナスに捉えてしまう、といったことです。

−−それではストレスを招く生活とは?
 不規則な日常生活を送ったり、睡眠不足、膨大な仕事量を抱えていることなどによる身体の疲れがあることです。また、葛藤、欲求不満、対人トラブル、不適応、不全感、不当な評価、燃え尽きなどによる心理的な疲労があることもあります。この病気は、教育のあるインテリに多いとか、ハードな仕事を乗り切りながら対人トラブルなどで悩んでいるときに発症しやすい、などの報告があります。

●治療方法

−−それでは、治療はどのようにするのですか?
 まだ解明されていない部分が多い病気なので、「これで治る」といった治療法はありません。10年間以上苦しむ例もありますが、生命の予後については良好で、自然治癒することもあります。患者さんの訴える症状が心身症と共通するところから、治療薬には抗うつ剤、抗不安剤、睡眠薬などを投与します。対症療法で少しでも良い状態を作りだし、「自然治癒力」をいかに引き出すかを、基本に考えています。

−−心身症という面からの治療はありますか?
 先ほどもお話ししたように、心身症という側面も多いので、ストレス緩和のための生活改善やリラクゼーション、認知行動療法といった心身医学的治療法を並行して行うと、有効なことが多いようです。まだまだ解明されていないことがあり、議論の続く慢性疲労症候群ですが、心身両面からの対応が重要なことだけは確かなようです。




(2001年10月13日号より)