子どもの心とからだの健康
あるがままの人間関係づくりから
第3次覚せい剤乱用期
覚せい剤乱用の低年齢化が進んでいます。ケータイの普及、外国人による路上での密売、薄利多売により手ごろな値段で入手しやすくなったこと、ファッション性などが理由のようです。しかし一度手を出すと後戻りできなくなるのが薬物の恐さ。そこで今回は、薬物乱用によって何がおこるのか、どんな治療法があるのか、薬物乱用の本当の解決策は何か、などについて、埼玉県立精神保健総合センター第2診療科医長の成瀬暢也さんにお話を伺いました。
薬物乱用
−−−日本の薬物乱用の状況はどうなっていますか?
わが国の二大乱用薬物は覚せい剤と有機製剤(シンナー)であり、他には睡眠薬、せき止め薬、精神安定剤、鎮痛剤、大麻などがあります。現在、「第3次覚せい剤乱用期」とされ、覚せい剤乱用者の増加と低年齢化が問題となっています。
−−−薬物の魅力とは?
覚せい剤は脳の神経を興奮させ、多幸感、気分の高揚などをもたらします。疲れを感じず嫌な気分を変えられます。また、食欲減退作用がありますから、女性はダイエット目的で使うことがあります。シンナーは、夢想症といって、見たい幻覚が見えます。例えば、「おばあちゃんに会いたい」と思うと、おばあちゃんが見えたりすることがあります。また、大きい物が小さくなったり、遠いものが近くなったり、ふわふわ身体が浮いたりして、知覚の変化を楽しんだり、アルコールのように酔いを求めて使ったりします。
薬物の本当の恐さは?
−−−薬を使うと、どのような症状がでますか?
日本人に多い覚せい剤と有機溶剤(シンナー)により、いずれも、精神病の症状が現れます。海外での使用が多いヘロインやモルヒネなどは、禁断症状(薬が途切れて苦しむ状態)でのたうちまわることがあっても、精神病状態にはなりません。
−−−精神病状態というのは?
幻視、幻聴、被害妄想などがでることです。実際にはないものが見えたり、聞こえたりします。例えば、暴力団に殺される、警察に逮捕されるなどの、実際にありうるような強い不安。また、ヤクザが家のまわりにいるとか、天井裏に忍び込んで、自分を殺そうとしているなどの妄想がでて、切羽詰まった状態になります。そうしたときに人に会うと、自分が殺されると思って人を刺してしまったりする。これは、周囲の人には予測がつかないものです。
−−−薬物に手を出してはいけないという大きな理由は何ですか?
1つは精神病状態になり、次第に治療しても改善しなくなっていくこと。2つめは薬物依存症となって、社会適応能力が落ちてゆき、仕事が続かなかったり、人といい関係を結べなくなることです。薬物入手のための犯罪を犯すことも珍しくありません。
−−−薬物を使っている上で起きることを順にお話しください。
たとえばストレスがあるとき、簡単に手っ取り早く気分を変えようと、覚せい剤を繰り返し使っているとします。最初はいい気持ちになりますが次第に同じ薬の量では快感を得られなくなります。だんだん薬の量が増え、そのうち、先程お話したような幻聴や妄想などがおきてくるのです。それでも薬物を続けていると、最悪の場合慢性の精神病状態になり、断薬し治療を受けてもよくならなくなります。廃人同様になります。そこまでいかなくとも、薬なしではつらい場面に対処できなくなり、薬がきれると地獄のように感じます(依存症)。いつもピリピリして気分が不安定になり、その半面、何もやる気がおきない状態になるので、当然人との関係が悪くなり、仕事も続かないことになります。
夢を持ちにくい時代
−−−中学生や高校生が薬物に走るのはなぜですか?
薬を使う理由は、「簡単に手っ取り早くハッピーになる」ということですが、これは今の世の中一般の風潮でもあるわけです。大きな目標に向かってコツコツと苦労するというのはナンセンス、今がよければいい、という時代。子どもたちは将来に目標がなく、世の中に失望しているといった時代背景があります。
その上、薬物に走る子は学校で落ちこぼれていたり、友人とうまくいかなかったりして、自分を大事に思えない。自信がない、誰からも受け入れられていると思えないという子が多い。また、例えば父親がアルコール依存症であったり、両親の夫婦仲が悪かったりと、機能していない家庭が多いのです。家の居心地がよくないから、夜家を飛び出して、非行仲間と薬物を使うようになることもよくあります。
2通りの薬物治療
−−−薬物の治療はどのようにするのですか?
覚せい剤やシンナーによって精神病の症状が活発にでていたら、強制的な入院となります。たとえば、この病院に最初は強制的に入ったとします。「もう2度と使わない」と言って退院しても、多くの人はまた使ってしまう。そういうとき今度は「もう1回治療を受けたい」といって、自分から入院してくる人がいます。これは自分から治療の意志を示した入院であり、前回より一歩改善した状態になったといえます。普通、安定期といえる状態になるまでは2〜3年必要であり、そこまで使わなければ、使わない生活が習慣となっていきます。
−−−具体的な治療は?
患者が精神病の状態のときは、抗精神病薬を用いて、幻覚や妄想などの激しい症状を抑えます。早期治療だと、これらの症状は比較的早く治まります。ただ、いったん幻覚や妄想などの症状がでると、その後は少量の覚せい剤やストレスなどでも症状が再燃するので、症状が治まっても、継続した治療が必要です。一方、依存症の入院治療については私たちのところではアルコール依存症の人たちと集団教育プログラムに参加してもらい、断薬継続のための土台づくりを行っています
。
−−−依存症の治療はどのようにしますか?
依存症の患者は、「やめようと思えばいつでもやめられる」「自分は依存症ではない」などと思っているのが特徴です。これを否認といいます。ところが実際は、本人が心から現実の問題をみとめ、「薬をやめたい」という気持ちにならなければ、やめることは難しいのです。ですから、断薬(薬物を断つこと)の動機づけをすることが治療の第一歩となります。
−−−患者さんは、どうしたら心から薬を断とうと思うのですか?
それは本人が本当に困って、問題の大きさを自覚するときです。依存症になると、本人が薬を手に入れるために万引き、窃盗、あるいは家庭での暴力などの問題行動をひきおこし、家族がその尻拭いに振り回されます。依存症の対応の基本は、「家族や周囲の人々がその尻拭いをやめること」であり、そのことで本人の薬物問題を明らかにし、本人もそれを認めざるを得ないような状況を作ることです。そして「自分がやめようと思っても簡単にはいかないのだ」「このままでは自分はダメになる」という切実な思い(底つき体験)をすることで、本人の治療への動機が高まります。
−−−薬物に依存しないで生きるには、どうすればよいのでしょう?
依存症から回復するにはその元にある「対人関係障害」を克服することです。薬物に頼るような人はたいてい、頑張りすぎたり、突っ張りすぎたり、自分を飾りすぎたりという、ストレスの溜まる生き方をしています。「ありのままの自分では受け入れてもらえない」というコンプレックスがそうさせるのでしょうが、それを克服し、無理のない、あるがままの自分でいられるような対人間関係を築けた時、自然に薬から離れられるのではないのでしょうか。
−−−自助グループに参加することはどうでしょうか?
治療が軌道にのった頃、自助グループ(同じ依存症者の集まり・NAなど)へ通うことがよいでしょう。同じ立場の仲間との触れあいによって対人関係障害の克服を進めます。これまで家族や学校では得られなかった人間関係を築いていくことが必要です。自助グループは依存症からの回復の「特効薬」ともいえると思います。
−−−子どもの薬物治療で注意することは?
基本的には大人と同じですが、大切な人格形成の途上で薬物にのめり込むことで、人格の発達が止まってしまいます。そこで周囲の大人たちは、子どもが自分の力で成長を遂げていく姿を忍耐強く見守り、必要な時は保護し、援助することが必要です。これには周囲の厳しい愛情が必要です。家庭や学校、職場、医療機関、児童相談所、家庭裁判所など、さまざまな立場からそれぞれの役割を自覚した綿密な連携が大切だと思います。
(2001年7月14日号より)
|