子どもの心とからだの健康
臭覚障害 ステロイド薬使用で70%の効果
副作用少ない点鼻療法で
口に含んだ時に感じられる、そのもの独特のよい味を風味といいますが、もし嗅覚(においを感じとる鼻の働き)がきかないとしたら……コーヒーの味わいも松茸の味覚もずいぶん違ったものになってしまうことでしょう。また、ガスもれに気づかなかったり、食物の腐敗に気づかなかったりと、生命にかかわることにもなりかねません。そこで今回は、「嗅覚障害」について考えてみました。お話し下さったのは、嗅覚障害の治療法を開発された川崎市の総合高津中央病院耳鼻咽喉科部長、浅賀英世さんです。
〈取材=藤田翠〉
● 症状・原因
−−−においを感じない人は増えていますか?
嗅覚障害の人が多くなっているわけではないと思います。ただ、嗅覚がきかないことを気にして、治療しようという人の率は高くなっていると感じますね。数十年前は「においなんかわからなくっても、いいじゃないか」という人が多かったのですが、生活が豊かになり、嗅覚の大切さが実感され、新聞などにも取り上げられるようになって、嗅覚障害への関心が高まってきたようです。
−−−嗅覚障害の症状は?
嗅覚障害を〈嗅覚の程度の異常〉という点から分類すると、まったくにおいを感じない「嗅覚脱失」と、弱くしかにおいを感じない「嗅覚減退」があります。その程度の異常に伴って、〈異常嗅感覚〉という嗅覚障害も同時に訴えることがあります。例えばすべてのにおいを、そのもののにおいとは違うにおいとして感じたりすることで、症状は3種類にわけられます。
−−−嗅覚障害の原因は何でしょうか?
「嗅覚障害」という1つの病気があるわけではなく、いろいろな鼻の病気が原因となって、嗅覚が効かない状態になるわけです。ですから治療の際は、鼻のどの部位が、どのような病態なのかを診断した上で、治療法を決定します。
どこの部位の臭覚障害か
−−−障害が起こるのはどこの部位ですか?
このことは治療にとって重要で、次のように分類されます。 〈呼吸性嗅覚障害〉 たとえば鼻風邪などのために鼻腔(鼻の孔の中の空間)の粘膜が腫れ、空気の通りが悪くなって、におい分子を含んだ空気がにおいを感じとる嗅粘膜にまで届かなくなった場合です。鼻をつまむとにおいがわからなくなるのは、人為的に起こした呼吸性嗅覚障害です。 〈嗅粘膜性嗅覚障害〉 たとえば重症のアレルギー性鼻炎などで嗅粘膜が傷つき、においを充分に感じ取れなくなった場合を指します。 〈混合性嗅覚障害〉 上の2つの嗅覚障害が併行しておこるもので、空気の通りが悪くなり、嗅粘膜も傷んでいる状態。鼻の病気が原因となる嗅覚障害で圧倒的に多いのはこのタイプです。
〈神経性嗅覚障害〉 嗅神経の障害によっておこったもの。 〈中枢性嗅覚障害〉 中枢(頭蓋内にある、末端に指令を発する重要な部分)に障害があるもの。
日本人に多い副鼻腔炎
−−−嗅覚障害を起こしやすい病気にはどんなものがありますか?
鼻の高い欧米人は空気が通りやすく鼻の病気が少ないのですが、日本人をはじめ東洋人は鼻の病気が多くなっています。 とくに慢性副鼻腔炎を原因とした嗅覚障害がとても多いです。副鼻腔炎とは別名「蓄膿症」ともいわれ、鼻腔のまわりにある副鼻腔と呼ばれる空洞部分の粘膜が、風邪のウイルスが感染した後、細菌感染に移行して炎症をおこし、ウミがたまるものです。早期治療をすれば1〜2週間で治りますが、そのような手当てをする人は少ないため、慢性化することが多い病気です。また、鼻アレルギーも慢性化になりやすい病気の1つです。
効き目抜群のステロイド点鼻療法
−−−嗅覚機能を回復する治療法は?
まず鼻の病気を治すことですが、嗅粘膜など嗅覚機能そのものの回復には、ステロイドホルモン剤の点鼻療法を基本療法としており、好結果を得ています。ステロイド点鼻薬を、横になって頭を垂らした姿勢(懸垂頭位)で鼻腔内に滴下します。なぜこの姿勢をとるのかといいますと、嗅粘膜は、鼻腔の奥の、脳に接している天井のごく一部にあるため、薬を噴霧しても届かないからです。この療法により、嗅覚脱失(まったくにおいを感じない)の患者さんの約70%が治癒したり、快方に向かっています。ですから、嗅覚障害は比較的治しやすい病気だといえます。その中でも、呼吸性、嗅粘膜性、混合性の嗅覚障害に効果があります。
−−−なぜステロイド薬が効くのですか?
ステロイド薬とは、別名「副腎皮質ホルモン薬」と呼ばれるもので、副腎の皮質の部分から分泌されるホルモンを化学的に合成したものです。このホルモンには過労やウイルス感染などのさまざまなストレスに対応して、体の内部環境を整える働きがあります。ステロイド薬の点鼻によって、なぜ嗅覚障害が改善するのかは、まだ充分にわかっていません。しかし、嗅粘膜そのものに炎症があるタイプの嗅覚障害に最も効果があることから、その強力な抗炎症作用によるものではないかと考えられています。
また、ステロイドのもついろいろな作用の相乗効果だともみられています。
ステロイド点鼻薬は安全?
−−−ステロイド薬は副作用のことが心配ですが。
ステロイド薬は強力な抗炎症作用がある反面、骨がもろくなったり、胃に潰瘍が出やすいともいわれています。しかしそうしたことは、薬を内服したり注射によって全身的に投与した場合に限られ、点鼻療法のように局所的に使う場合には、強い副作用が出ることはまずありません。ただ治療が長期化することが多いので、医師の指示を守って慎重に使ってください。
−−−ステロイド点鼻薬に副作用はありますか?
次のようなことがありえます。鼻に現われるものとしては、滴下した薬液が鼻腔粘膜まで広がってしまったとき、それを何回か繰り返すうちに、鼻腔内に刺激感やかゆみ、乾燥感などを自覚することがあります。全身性の副作用としては、長期間続けた場合、軽度の体重減少や食欲の低下などが起こります。これらは、点鼻したステロイド薬のごく一部が鼻腔粘膜から吸収され、それが血液とともに全身にいきわたるためと考えられます。いずれにしても、直ちに使用を中止すれば症状はすぐに回復しますから、治療中に変わったことがあったら、迷わず医師に報告をしてください。
●日常生活で 鼻をかめば医者いらず
−−−日常生活での鼻に関しての質問ですが、鼻にとって、鼻をかむことはいいことですか、悪いことですか?
鼻をかむのは鼻の中をきれいにすることで、いいことです。子どもさんなどはきちんと鼻をかんでいれば医者の薬が要らないくらいです。特に水分は嗅粘膜を傷めますから、かんでおきましょう。
−−−口呼吸の害はありますか?
鼻が詰まった時に、せざるを得ないのが口呼吸です。口呼吸は肺や気管を傷めます。というのは、鼻腔内部には鼻甲介と呼ばれる粘膜のひだがあって、吸い込まれてくる外気を温めたり、湿度をあたえたり、表面の繊毛でほこりを取り除く働きをしています。このすぐれた鼻の機能のおかげで、適温、適湿で、しかも浄化された空気が肺に届いているわけです。ですから、口呼吸でいきなり外気が入った場合は、咽頭炎や喉頭炎を起こしやすくなります。
−−−現代は嗅覚にとってどのような環境でしょうか?
今はトイレの芳香剤など、人工的なにおいが多い環境です。このようにあまり強いにおいを嗅ぐと、鼻がバカになります。ですから子どもさんなどは特に、自然の中にある柔らかいにおいに接することが、正常な嗅覚を保つには大切だと思われます。
(2001年9月8日号より)
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