(財)沖縄観光コンベンションビューローは、長年沖縄修学旅行を実施し、都府県と沖縄県の交流推進、また、沖縄県の観光振興に寄与した全国8校の中学・高校に対し、感謝の意を伝える「沖縄修学旅行キャラバン隊御礼巡業」を行った。訪問した安里繁信会長ら財団関係者は、各校の代表者に青い琉球ガラスに文字を彫った感謝状を贈呈。キャラバンの様子を取材し、各校の特色あふれる修学旅行について話を聞いた。
増える沖縄修学旅行
亜熱帯の気候ならではの自然に触れる自然体験、アジア諸国との貿易により培った独自の文化が広がる中で地元住民とふれあう交流体験や農業漁業体験、太平洋戦争で唯一住民を巻き込んだ地上戦が繰り広げられた傷跡から学ぶ平和体験など‐。
特徴ある学習素材が豊富な沖縄県は、修学旅行で訪れる学校が多く、平成23年度では2553校・45万616人(予約ベース)と過去最多となった。高校だけでいうと、全国の高校の約3校に1校が沖縄修学旅行を実施していることになる。
今回、長年の実績が評価され表彰された学校は、千葉県立野田中央高等学校(継続実施8回)、山形県・山形学院高等学校(同22回)、東京都・武蔵野高等学校(同46回)、東京都・保善高等学校(同22回)、大阪府・清風高等学校(同30回)、香川大学教育学部附属高松中学校(同11回)、福岡県・九州産業大学付属九州産業高等学校(同43回)、神奈川県立海老名高等学校(実施9回)の8校。
式典を行った学校では、演舞隊がエイサーを披露。生徒も一緒に祝いの席などで踊られる手踊り「カチャーシー」を踊り、今後修学旅行へ行く他学年も沖縄気分を楽しんだ。
本土復帰から40年 平和を学ぶ修旅に
全国で最多の46回の継続実施を行っている武蔵野高校を訪れた安里会長は、「今年は沖縄が本土復帰して40年。最初に来ていただいた46年前は米軍の統治下で、民衆は本土復帰を願っていました。この歴史に感謝するとともに、修学旅行は単なる旅行ではなく、現実と平和に対する思いを学んでいただく機会としてほしい」と生徒へ期待を寄せた。
また、上運天昂常務理事は海老名高校で「修学旅行で理解を深めて、社会人になり、またぜひいらしてください。昨年は東日本大震災があり、多くの方が被災されましたが、沖縄から元気を発信していきたいと思います」と述べた。
保善高校を訪れた内間仁春事務局長は、「ホームページを拝見し校長先生の“気づき”“感動し”“行動する”という言葉に感動しました。修学旅行では、日本文化の多様性に気づき、それを次なる人生に生かしてください」とあいさつ。
高松中学校を訪れた大阪事務所の松延雅裕所長は、4月に沖縄を訪問予定の2年生に、「沖縄と香川には麺文化があります。沖縄県民は沖縄そばが好きで、地域によって味も具材も変わってきます。
食文化も異なる沖縄の地で、ぜひ沖縄そばを味わってください」と、楽しみの一つとして食文化を紹介した。
後輩にも沖縄を感じてほしい
また、各校でミス沖縄から生徒へ花束が贈られたが、生徒からは「戦争は決して忘れてはいけないことと思った」「生きる尊さを再確認した」「民泊先で過ごした半日が思い出となっている」「僕たちが沖縄で感じたことを1年生にも感じてきてほしい」などの言葉があがった。
|
![]() |
![]() |
↑(写真左から)高松中では参加者全員で思 蒲池校長を中心に舞台で踊る九州産業高校の |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| 武蔵野中・高では中学生も式典に参加 | 中央写真の(右)清風高校の平岡校長に表彰する
OCVB
安里会長(左)とミス沖縄・ 山崎さん。 右写真は山形学院高校の生徒代表がミス沖縄へ御礼のあいさつ |
|
![]() |
| 伊江島の民泊では農作業など宿泊先の家庭 をお手伝いする |
千葉県立野田中央高等学校(渡邊恭男校長)は、今年の2月上旬に3泊4日の日程で2年生が修学旅行へ行った。
平和学習と自然体験 バランス良い内容に
8年間連続で沖縄への修学旅行を実施している同校では、平和学習と自然体験をバランスよく行うことを重視している。戦争での悲しい歴史があり、その上で現在のリゾート地としての沖縄がある。片方だけではなく両方を吸収することで、「また行きたい」という気持ちになるようにしているという。
また、クラス単位での行動が多いのが同校の特徴。各クラス2名の修学旅行委員(全6クラス)が、しおりの作成、2日目と4日目のクラス別行動の行程や料金の計算などを自分たちで行う。お土産を購入するタイミングも、クラスでアメリカンビレッジ(北谷町)や国際通り(那覇市)を行程に組み込んで、計画的に行動している。
多くの行程をクラス単位で行うことで、クラスの雰囲気がずいぶん変わり、よくまとまり、よく話を聞くことができるようになったという。
生徒の求める心のふれあいは民泊にあり
さらに、この3年間は伊江島での民泊も行っている。2日目の夕方から3日目の夕方まで1家庭に5名ほどがお世話になる。3日目の宿泊先を本部町に設定しているため、伊江島から戻ってきてすぐに宿泊先に向かうことができ、まる1日を利用し、民泊を実施できる。
最初は民泊に対して期待をしていなかった生徒らが、終わってみると「もう少しいたい」と担任に訴える場面もあるそうだ。
「生徒たちが一番求めていることは、人との触れ合いの時間なのだと思います」と2学年主任の山田潤一教諭は話す。
平和学習は、事前に千葉県内の沖縄県人会の人に語り部として来校してもらった。現地ではガマと沖縄県平和祈念資料館の見学を行うが、事前に語り部に話をしてもらっているため、現地でのプランがしやすい。
「その分臨場感は少し足りなかったのかもしれませんが、実際に事前学習をしっかり行って、プラスになるような準備を整えていれば、沖縄は平和学習の場所として非常に適していると思います」。
まもなく新入生が入学するが、毎年、沖縄修学旅行を楽しみに入学してくるため、学校もその期待に応えた修学旅行を計画している。
山形学院高等学校(山形県/北垣俊一理事長・学校長)の修学旅行は、沖縄・韓国・シドニーの3コースから生徒が行き先を選ぶ選択制。約半数の生徒が沖縄の修学旅行に参加する。
海といえば日本海の生徒にとって沖縄の青い海は新鮮で強い印象を与えてくれる。
![]() |
| 料理体験をしながら地元のおじい・ばあと踊 る生徒ら |
宿泊施設の確保と平和学習がポイント
同校の修学旅行が沖縄となったのは、昭和63年度から。それまで広島での平和学習と、京都・奈良を組み合わせて実施していたが、生徒数の増加に伴い宿泊施設の確保が困難になり、広島と同様に平和学習が行え、宿泊施設が十分に確保できる沖縄に変更した。
山形から沖縄への直行便はないので、当初は仙台空港と羽田空港にグループを分けて那覇空港へ向かっていた。修学旅行が選択制となり参加人数が150人程度となってからは、仙台空港から一度に移動できるようになった。
現地での学習は、広島から引き続き行っていた平和学習はもちろん、大きな特色は「食」の学習だ。
同校には、卒業時に調理師免許が取得できる食物調理科があり、卒業生は料亭やレストランの料理長として活躍している。食物調理科の生徒にとって山形と異なる沖縄の食材は興味深い。
「“沖縄では、豚は鳴き声以外は全て食べる”というガイドさんの話に耳を傾け、ホテルの食事に熱帯魚のようなカラフルな魚が出されると、熱心に写真を撮っています」と荒木啓事務長(広報部長)は話す。
民泊で就労体験 一生の思い出に
また、4泊5日の行程のうち1日は伊江島に民泊し、就労体験を行っている。農業や漁業、ダイビングショップの手伝いなど内容は様々。普段は家の手伝いをしない生徒も、民泊先の家族や一緒に泊まった仲間と協力して汗を流すことで絆を育むことができ、一生の思い出となる。民泊を行うことで、費用を抑えることもでき、旅費の調整がしやすいというメリットもある。
広島から引き続き行っている平和学習は、山形県出身の戦没者を祀った糸満市にある「山形の塔」を慰霊訪問している(沖縄には都道府県単位の慰霊碑が置かれている)。親戚や近所の人が祀られている生徒もおり、戦争を自分にとって身近なこととして感じとれるようになったという。
神奈川県立海老名高等学校(神奈川県/小泉いづみ校長)は、平成5年に県内の県立高校で初めて航空機を利用した沖縄修学旅行を実施した学校で、以降、沖縄修学旅行の実施も多い。
同校が、沖縄で実施する目的は3つで、その3要素が沖縄ではコンパクトなエリアで実施できる。
![]() |
| 民泊で家族のように過ごし、帰りには涙、 涙のお別れ |
平和・体験学習 集団行動を学ぶ場に
1つ目は「平和学習」だ。沖縄の地上戦に関して、映像を視聴させ事前に当時の状況をイメージしてもらう。
現地では、平和祈念公園にある資料館や平和の礎などを訪問。平和ガイドに説明を受けながらのガマ入壕では、当時の住民の気持ちを疑似体験し、平和の尊さを再確認している。
2つ目は「体験学習」(交流)。ここ数年、民泊を1日取り入れており、今年度は昨年11月15日の初日に本島南部の民家80軒にお世話になった。地元の家庭に入ることで、その目線で、沖縄の食文化、市場や施設の見学、伝統文化体験などを凝縮して体験することができる。
出発前は民泊で不安を抱く生徒も、いざ実施してみると「たった一泊だけなのに別れる際にすごく悲しくなった」など、お世話になった家族と離れがたいという声が多い。「退村式では涙する生徒が多く、添乗員さんも“こんな光景初めてです”と驚かれていました」と、相川和俊教諭は語る。
つい最近完成した「修学旅行記念文集」にも、民泊先でのおじい・おばあとのやりとりを書いている生徒が多い。
3つ目の目的は「集団行動学習」の場とすること。班別自主行動はもちろん、宿泊先で行う学年レクリエーションも好評。部活などのグループで出し物を披露するのだが、普段見られない姿を見せ合うことで、学年内の親睦が深まる。
体験学習を工夫し 全員満足の修旅に
行程を組む際には、テーマが重くなる平和学習を前半に、体験学習や自主行動などを後半に設定することで、沖縄の良さを胸に抱いて帰宅できるようにしている。
体験学習コースには、体調不良者やマリン体験が苦手な生徒らへ向けた「観光コース」も設定。現地のスーパーマーケットなど、修学旅行では珍しい訪問地が組み込まれ、生徒からも好評。全員が楽しめる修学旅行の工夫が随所に見られた。
武蔵野中学・高等学校(東京都/高橋暢雄理事長、西久保栄司校長)は、昭和41年を皮切りに、これまで46回の沖縄修学旅行を実施している(高校)。これは全国で最多の実績で、実施当初は沖縄がまだ日本に返還されていなかった頃だ。
![]() |
| 毎年沖縄への修学旅行回数が
新記録となり、 夕食時にレセ プションが行われる |
当時本土では沖縄に対する関心も知識も非常に低く、前理事長は、アメリカによる統治が行われ、矛盾を背負った沖縄を直視することに大きな意味があると考え、沖縄への修学旅行が始まった。現理事長もそれを受け、「沖縄から共感できる何かを感じとってほしい」と継続している。
ありのままの社会を 沖縄で見てほしい
パスポートとドルを持って行った当時と状況は変わっているが、海や景色がきれいだね、だけで終わってほしくない、ひめゆりの塔を訪れるのは悲劇だからではない、自分以外の誰かの気持ちを「共感」し、ありのままの社会の姿を見てほしいからこそ継続している。
当初は船を使っての長旅。現地ではバスガイドが心を込めて説明してくれた戦争や人権問題などの話を聞いたり、戦争の爪痕が少ない北部ではパイン畑を歩いて試食するなどを行い、その後現地校との交歓会や外国人との英語での交歓会なども取り入れた。
現在、学校交流は行っていないが、20年近く実施した。グループでの対話が主で、沖縄の生徒の進路の悩みや、休日の過ごし方など様々。自分たちが住む東京との生活の違いを見つけ、同校の生徒にはとても良い刺激となったようだ。
守礼門建替えに寄付 大歓迎の恩返し
毎年、同校の沖縄修学旅行回数は新記録となるため、宿泊ホテルで夕食時にセレモニーが行われる。現地の人もそれを知っており、武蔵野生を大歓迎してくれる。そんな思いを知ってか、首里城の守礼門が立て替えられる際には、生徒の発案で寄付を募り、長年の恩返しを行ったりもした。
事前学習はグループで戦争や基地、気候、風土などテーマを決めて調べ学習。「長年実施したことで、沖縄が感覚的に近いものになり、今ではテレビで流れる沖縄に関したニュース、小説や映画で沖縄を扱った作品などは、受け入れやすいものとして生徒に伝わっているようです」と東出正信学校長補佐は話す。
常に他校をリードしてきた同校。当初の気持ちは変わることなく、今後も時代に沿った沖縄の修学旅行を実施していく。
清風中学校・高等学校(大阪府/平岡英信理事長、平岡宏一校長)は、沖縄が日本に返還される以前から、船を使って修学旅行を実施してきた。その後、九州などの修学旅行を経て、高校では、昭和56年度から30回連続で沖縄の修学旅行を実施している。
![]() |
| 世界遺産登録されたグスク群の一つ「今帰仁 城跡」を見学 |
この30回のなかで、2001年(平成13年)に大きな出来事が起こった。アメリカで同時多発テロが発生したのだ。これを機に米軍基地がテロの対象となるのではとの憶測が広まり、沖縄の修学旅行をキャンセルする学校が相次いだ。
そうした中、当時の平岡英信校長(現理事長)が、風評被害で困っているときだからこそ沖縄の人を励ます意味でも訪れるべきと判断し、時期を10月から3月にずらして実施に踏み切った。
その年は20回連続で沖縄修学旅行を実施した年でもあり、沖縄県から感謝の意を込めて表彰された。
同校は1学年の生徒数が600〜700人と多いため、修学旅行は4班に分けて、2班ずつ日程を1日ずらして出発する。同じ日程で出発した2つの班は、1班ずつ伊丹空港と神戸空港から出発。復路は4班とも関西国際空港を利用している。関西圏にある3空港を活用することで、スムーズな移動を実現している。
沖縄修学旅行の最大の魅力は「ホスピタリティにあふれていること。ホテルや観光施設の関係者に留まらず、全ての県民からホスピタリティの精神が感じられるので沖縄の修学旅行を続けてきました」と平岡宏一校長は語る。
新たな話題を受け 未来に向けた学習を
また、大阪府出身の戦没者を祀った「なにわの塔」の参拝など、平和学習も欠かさないが、未来に目を向けることも大切だと考える。
2000年に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」が世界遺産に登録され、2002年に「沖縄美ら海水族館」が新たに生まれ変わるなど、常に新たな話題が提供され続けていることも、同校が沖縄修学旅行を続ける理由の一つだ。
修学旅行で沖縄を訪れたことが、生徒にとって忘れられない思い出となり、卒業後に再び訪れる生徒も多いという。平成23年度には琉球大学に3名が合格した。彼らが沖縄の大学を選んだのは、修学旅行での思い出や体験がきっかけではないかと同校では考えている。
保善高等学校(東京都/増田晃次郎理事長、関口榮司校長)の沖縄修学旅行は、ちょうど現在の関口校長が教員として赴任した昭和51年度が最初だ。途中、九州への修学旅行を実施した時期もあったが、同校の沖縄修学旅行は一貫して自然に親しみ、戦争と平和について追究し、琉球文化を学んできた。
![]() |
| ガマなど南部戦跡の学習に十分な
時間を確 保している |
同校の戦争と平和に関する学習は、修学旅行のなかで多くの時間を費やす。これから生徒が生きるという戦いの中でどのように生きていくのか、周りで困っている人がいたらどういう思いで困っているのかを汲み取る力を養う機会としている。男子校として、いずれ大切な家族の長となる生徒への思いがあふれた修学旅行となっている。
十分な事前学習で 生徒が真剣な姿に
当日の学習だけではなく、事前学習の量も豊富だ。2年生に入ると、学年の教員お手製の資料やワークシートが用意される。10枚にも及ぶ沖縄戦の学習用資料が用意された時もあった。長年行っている語り部による講話も、イメージを膨らませる学習素材の一つだ。
「時間をとって事前学習を行っているため、行程の半分近くを南部戦跡に費やしていますが、本校の生徒はどこを訪れても、真剣です。現地で60数年前に何が起きたのかは、行ってみないと分かりません。生徒のその後の生活に活きていると思っています」と青木繁副校長は力強く語る。
今年度の修学旅行団の平和学習は、沖縄県平和祈念資料館に始まり、摩文仁の丘・平和の礎、ガマを見学し、ひめゆりの塔・資料館を回って、沖縄戦の最後に住民らが追い詰められた米須海岸まで丸一日をかけた。
下見や修旅時には 新たな素材を検討
また、近年はさらなる修学旅行の目的である自然に親しみ、琉球文化を学ぶ、という2つの課題に対して、東村、国頭村、大宜味村などで、民泊の農村体験を行っている。家族として過ごす時間は、生徒のかけがえのない時となった。
様々なアレンジを経て、同校の修学旅行の定番は確立できたが、青木副校長は「下見を重ね、修学旅行の引率時には新しい学習素材を探し続けています。過去を知ることは不可欠、そして今、沖縄の人々が直面する問題を取り上げ、将来を考える。よりリアルに内容の充実を追求したい」とさらなる可能性を探る。
香川大学教育学部附属高松中学校(香川県/毛利猛校長)は、平成7年度までは東京方面への修学旅行を実施していたが、平成8年度から行き先を韓国に変更。その後、沖縄へ変更し実施している。
費用と学習素材を見直しながら変更
![]() |
| 体験学習としてサトウキビ刈りに挑戦し、 地元の人と交流 |
韓国は思った以上に費用がかかり、また、平和学習では、国の違いもあり、十分な平和学習を行うことができなかった。そこで、費用と平和学習の面から見直しを図った結果、平成13年度より沖縄に変更した。
修学旅行は3年生の4月上旬に行われる。年度初めだが、同校は3年生に進級する段階でクラス替えを行わないので、クラス体制を整える必要がない。4月上旬の沖縄は宿泊費も安く、一人当たり通常1泊2万円のホテルが、8000円程度に抑えられる。もちろん海に入ることもできる。
こうして、韓国では10万円以上かかっていた費用が、沖縄では7万5000円に抑えられた。
同校では、2年生が広島で平和学習を行っているため、修学旅行でも平和学習は引き続き重要なテーマ。
初日の宿泊先では、ひめゆり学徒隊の生存者・宮城喜久子さんから戦争体験を聞く。1回目の沖縄修学旅行から欠かさず行っており、生徒は宮城さんが語る凄惨な話にじっと耳を傾ける。
平和学習の内容を深めるためにも事前学習は欠かせない。2年生の終わり頃から社会科や道徳の授業を通じて、沖縄戦について学習するほか、沖縄について調べたことを発表する機会を設定。音楽では沖縄の民謡を聴き、理科では沖縄の自然を学ぶなど修学旅行に備えて知識を身に付ける。
体験プログラムで地元住民とふれあう
また、地元の人との直接的なふれあいを持たせるため、沖縄体験ニライカナイ(恩納村)が提供する、シーサー作りや黒糖作りなどの体験プログラムを行程に取り入れている。「そこでお世話になった人にお礼をしたいという生徒が、先生から住所を聞いて、香川名物のさぬきうどんを送ったこともありました」と、末竹路弘副校長は振り返る。
そして、修学旅行を終えての事後指導としては、国語科の授業を通して原稿用紙30枚に及ぶ「修学旅行記」を執筆。この「修学旅行記」は9月の文化祭で展示され、お互いの内容を読み合い、楽しかった修学旅行を思い返すとともに後輩への意欲化につなげることが恒例となっている。
九州産業大学付属九州産業高等学校(福岡県/平野昭一理事長・蒲池國雄校長)は、昭和44年に初めて沖縄へ修学旅行を実施した。
![]() |
| 平和の礎など「慰霊の日」の式典
会場を中心 に平和学習を実施 |
その年は、日本の佐藤栄作首相とアメリカのニクソン大統領が首脳会談を行い沖縄返還に合意、それを受け昭和47年5月15日、沖縄は日本へ返還された。
同校では、平和を身近に肌で感じて考えること、沖縄の文化や歴史を学び、大自然や珊瑚礁の海や地元の人々と触れ合うこと、その全ての行程で教師と生徒が一団となって強い絆が生まれると考え、長きに渡り沖縄への修学旅行を実施している。
戦艦大和の慰霊から平和学習が始まった
今でこそ航空機を利用しあっという間に沖縄へ到着するが、かつては博多港から2400トンのチャーター船で沖縄に向かっていた。船は鹿児島県の沖で大きく弧を描いて回った。そこは戦艦大和が撃沈された場所。この大和の慰霊祭を行うのが、平和学習の第一歩だった。
現在は1学年16クラス約700名の生徒がいるため、5班(1班約140名で飛行機2便)に分けて日程を1日ずらしながら4泊5日で実施しているが、「6月23日」が日程の基準だ。
1945年6月23日は日本軍の組織的戦闘が終了した日で、現在は「慰霊の日」に制定され、沖縄では毎年式典が行われている。
「テレビで式典の様子を知り、式典の会場を実際に見ることで、生徒も一層、戦争や平和、沖縄の歴史についての思いを新たにしてくれます」と8年間修学旅行を担当する松岡豊教諭は、平和学習への思いを語った。
修学旅行前には、沖縄県平和祈念資料館やひめゆり平和記念資料館に奉納する千羽鶴を各クラスで折り、計1万6000羽の折り鶴を持っていく。鶴を折っている時にふざけていた生徒も、現地で千羽鶴を納める時は真剣な表情になるという。また、日頃はやんちゃな生徒ほど、真剣な顔になって鶴を折るそうだ。
文化・歴史を学び自然にふれる体験も
また、沖縄の文化や歴史を学び、自然に触れることも、現在の修学旅行の目的だ。本部町にある海洋博公園では沖縄の歴史や文化に触れ、沖縄美ら海水族館を訪問する。また名護のビーチで海水浴をし、琉球ガラスのコップ作りを体験するなど、様々な体験をしながら、沖縄を学ぶ修学旅行を行っている。
【2012年3月19日号】