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INTERVIEW 
教育Opinion

日本の子どもたちの学力は低下していない

財団法人 日本科学技術振興財団 有馬朗人会長
有馬朗人
財団法人 日本科学技術振興財団
有馬朗人会長

教育への公的財政支出を倍増せよ
ゆとり教育で理科の力は上がった

5月19日、社団法人日本理科教育振興協会総会が行われ、財団法人日本科学技術振興財団会長・有馬朗人氏は、基調講演の中で「日本の子どもたちの理科の力は低下していない。問題視すべきは大人の理科・科学の力である」と述べた。

 PISAを始めとする国際調査を行うたびに順位が下がっており、学力低下が指摘されているが、データを正確に読み込むと、決して子どもたちの学力は下がっていない、ということがわかる。

  IEA(国際教育到達度評価学会)のTIMSS調査から中学校理科の成績を見ると、昭和45年は18カ国/地域(以下、国と略す)中の1位、平成19年は48カ国中の3位。順位は確かに下がっているが、30カ国も参加国数が増えて多少順位が下がるのは当然で、むしろ48カ国中の3位である優秀さに注目すべきである。

  中学校数学も同様で、昭和56年は20カ国中の1位、平成19年は48カ国中5位。十分に上位と言える。
「ゆとり教育が学力低下を生んだ」という議論もある。これもきちんとデータを見ると、間違いであることがわかる。

  ゆとり教育以前の子どもたちのテスト結果は、中学校理科で見ると、46カ国中6位(平成15年調査)。ところがゆとり教育の子どもたちの結果は、48カ国中3位(平成19年調査)。さらに細かく見ると、2位の台湾と同程度で有意差はない。少なくとも中学校理科においては、ゆとり教育のほうがむしろ、成績が上がっていると分析することができる。

  小学校理科においては、3位から4位に後退しているものの、参加国数が11カ国増えているうえ、3位の香港と同程度で有意差はない。以上のことから、日本の子どもたちの理数科における「学力が下がった」という認識は間違いである。むしろ約50カ国の中で常に上位5位なのだから、誇りに思っても良い成績だ。日本の子どもたちには理数科の力があるということを認識して頂きたい。
  もちろん心配な点はある。それは読解力だ。

  2000年のPISA調査では、日本の総合読解力は8位。それが2003年には14位、2006年は15位。確かにベストとはいえない。

  教育において大変な努力をしている韓国では、2000年において読解力6位、2003年には2位、2006年には1位となった。しかし科学的リテラシーに関しては、2003年の4位から2006年には11位と後退、韓国では大変な騒ぎとなった。あれほど努力している韓国ですら成績が落ちることがあるという事実を踏まえると、日本の子どもたちの科学的リテラシーが6位という成績が悪いとはいえない。しかも5位のエストニアとは同点、4位の台湾とは1点差、3位のカナダとは3点差でしかない。

  また、昭和36〜39年の学力調査と平成19年度調査における共通問題を比較すると、すべての問題において平成19年度のほうが正答率が上昇している(国立教育政策研究所 千々布敏弥氏の研究より)。少数例ではあるが実証的に見て、昭和40年前後より現在の方が国語力、算数/数学力は上ってきているという結果は明白だ。

  これらのデータから私が主張したいことは、昭和より現在の方が理科も国語も算数・数学も学力が上っているということ、ゆとり教育のほうが小・中学生の理科の成績が上がっているということ。日本の小、中、高校生の学力、特に理科力は高いということ。そして、日本の小中高の先生方の質は高いということ。先生たちは、もっと自信を持っていい。

  今後提案したいことは、「全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)において学力の経年変化が検証できるような問題の工夫」と、「全国学力テストに実験を含めた理科を加える」ことだ。

理科離れは本当か?

  教科の好き嫌いは学習意欲につながると言われているが、日本では、小学生において、理科好きは最も多い。高等学校においては、他教科と「好き」の回答率はほぼ同等。理科離れ、とは言えない。むしろ問題点は、「もっとたくさん勉強したい」と思う割合が年々減っていることだ。
1965年では60%が「もっとたくさん勉強したい」と思っていた。ところが2000年では、その割合が20%程度となってしまった。

  F市の独自調査では、小学生において「理科好き」は7割、「勉強好き」は4割であった。中学校になるとこの数値はもっと減る。
日本の子どもたちにおいて学力を高く保ちつつ勉強好きにさせるには、実験、モノづくり、自然体験に楽しく取り組んでいくしかない。

エネルギー教育 より重要に 

  新学習指導要領の理科において、大きく変わる点は、国際的なレベルで考えられた内容になっている点、反復による指導や観察・実験、課題学習の充実が強調されている点だ。また、歓迎すべきことに、義務教育段階の理科、算数・数学の授業時間数が今回大幅に戻り、平成元年の指導要領レベルに戻る。
中学校理科では、イオン、遺伝の規則性、進化等が含まれることになった。これからの理科教育では、エネルギーや原子力をきちんと教えていかなければならない。エネルギーの確保は、経済活動や国民生活の基本であるにもかかわらず、日本のエネルギー自給率は現状4%であり、主要先進国中最低。石油、ウランなどは100%輸入に頼っており、天然ガスもほんのわずか。
ただし原子力を入れると、20%程度まで押し上げることができる。自給率を上げ、安全性を高めるためのエネルギー教育が今後は重要である。

今後の課題は 志望者の激減と大人の科学力

  大学入学者数においては平成9年度よりも平成18年度のほうが総数は多いにもかかわらず、平成10年度に11万人いた工学系入学者は、平成18年度には9万7000人と激減している。また、理学系入学者は、平成11年度には2万1000人であったが、平成18年度には1万9000人と大幅に減った。これは今後解決すべき大きな課題のひとつだ。

  次なる課題は、日本の大人の科学リテラシーの低さ。我が国の問題は、子どもたちに理科能力がないことではなく、大人にないことにある。
小中学生時にたっぷり時間をかけて理科を学び、その時代は世界のトップクラスの成績であった子どもたちが大人になると、「一般市民の科学の理解度に関する指標」(1991年調査)では、13位。「科学技術の理解度と関心度」では、14位。EU平均よりも低いとは何たることか。一般市民の科学の理解度に関する指標年調査において調査参加国の中で日本より低かったのは、ポルトガルだけである。
ここから、授業時間が多ければ学力が高いということにはならない。短期的には高まるが、長期的にはそうとは言えないということが分かる。
重要なことは、教える量は本当に必要なものにして、考える力、応用力を育てること。この点は残念ながら欧米諸国の方が優れている。日本は生涯学習が弱いといえる。大人の科学技術力の養成がうまくいけば、子どもたちの科学技術力も伸びてくるはずだ。

SSHに成果

  科学技術振興機構・理科教育支援センターでは、理科支援員の配置やスーパーサイエンスハイスクール、理数系教員養成拠点構築などの事業を行っている。今後は部活動の中で科学部の強化を提案していく。スーパーサイエンスハイスクールは成功した試みで、これにより高等学校の理科教育が抜本的によくなった事業といえる。平成22年度予算額は前年度大幅増の20億6400万円であった。予算がついた分野は成果が上がっている。

理科教育にもっと財政的支援を

  先進諸外国が揃って教育費の公財政支出を増やす中、日本は教材費を一般財源化して以来、年々減らしている。公財政支出は、欧米諸国の1/2の水準だ。GDPに占める教育支出の割合は、初等中等教育では後ろから3番目、高等教育においてはビリである(出典=Education at a Glance, OECD, 2006)。韓国では1999年から2003年にかけて公財政支出が40%も上がっており、2006年までの6年間で1兆円も上げているにも関わらず、日本だけが下がっている。そのため日本では理科実験の装置が不足しており、それを購入するための教材費が極めて少ない。これでは理科教育が良くなるわけがない。むしろ、それにしては良い成績である、と言うことができる。
公立中を対象にしたアンケートによると、放射線測定器は、9割の学校がないとこたえている。DNAモデルは85%の学校が所有していない。75%が教材費を自腹で購入している。
新学習指導要領になるとさらに実験器具が必要になる。理科教育を強化するためには、予算を倍増していく必要がある。平成21年度は、補正予算において理科教育設備等補助金が320億円ついた。これをもっと恒常的なものにしなければならない。(有馬朗人氏講演資料 http://www.japse.or.jp/event/958



【2010年8月7日号】

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