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小惑星探査機「はやぶさ」 奇跡の理由

“危機”何度も乗り越え帰還 幼少期の感動が未来を創る

 無事7年ぶりに帰還した小惑星探査機「はやぶさ」。幾度もの絶体絶命・想定外の危機を「はやぶさ」プロジェクトメンバーはどのように乗り越えたのか。「はやぶさ」が小中学生に届けたメッセージは何か。プロジェクトメンバーであった独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)名誉教授・技術参与である的川泰宣が講演した((社)日本理科教育振興協会・6月18日実施総会より)。

想定外の危機を何度も乗り越え

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JAXA名誉教授・技術参与 的川泰宣氏

  小惑星探査機「はやぶさ」は、ロボティクスが非常に進化した日本ならではのミッションで、かなり冒険的な要素がありました。調査対象となった小惑星「イトカワ」は、小さいために重力が小さく、熱変成が進みにくいことから、太陽系ができた40億年前の状態をそのまま残しており、太古の太陽系の様子を知ることができます。ただ、小さい星は重力が小さく引っ張る力がないため、宇宙船は自分の力で近づく必要があります。そのため、当初「世界で初の試みを8つも9つもあるミッションを許可するわけにはいかない」と言われましたが、「これは世界で初めて日本が技術を獲得する、貴重な実験機。実験機であるならば確実にできることばかり行なってもしょうがない」という英断で、進めることが可能になりました。

  2003年5月9日、打ち上げ。故障もありましたが想定内で、想定外のことが起きるたびに地上からプログラムを書き直し送る、ということを繰り返しながら「はやぶさ」は順調に自律飛行を続けていました。

  そして、2005年10月2日。「イトカワ」に到着しサンプルを取るために着陸しようとした時、「はやぶさ」本体の姿勢を回転数で整える姿勢制御用ホイールが故障。全3基中2基目のホイール故障でした。これについては検討した結果、姿勢制御ロケットの活用とエンジニアの操縦訓練によってなんとか対応。10月8日〜27日まで操縦訓練を行い、11月のリハーサルでは、頼りない手さばきであったエンジニアが実に見事に成長を遂げており、現場が人を鍛えるすごさをまざまざと見る思いでした。

  「イトカワ」からの感動的な離陸後に2度目のピンチ。姿勢制御ロケットの燃料漏れでした。しかも全量漏れてしまった。さらに、漏れた燃料が機体にこびりつき、それが時々蒸発して噴射するので「はやぶさ」が首ふりを始め、姿勢制御がきかなくなりました。そのため、地球に送ってくるデータ量が大幅に減ってしまった。この時はもうだめかと思いました。その時に役立ったのが推進のみに使っていた「イオンエンジン」でした。残ったホイール1基と、イオンエンジンの基板部の傾きを利用し、時間をかけて「はやぶさ」の姿勢制御を行い、少しずつ姿勢が改善されました。

  ところがその後、通信が途絶。これまで、行方不明になって再び見つかった惑星探査機は世界でひとつもありません。探索を続けたものの、1年たって見つからなければもうだめだよというのを合言葉に探しました。

  通信途絶の時刻と速度、位置によって探索し、大体どの辺にいるかは分かっていたものの、通信が取れないので状態は分かりませんでした。

  それが運にも助けられ、2006年1月23日、「はやぶさ」からのパルスが入り、かつて火星探査機「のぞみ」で会得した1bit通信の技術を粘り強く使うことで「はやぶさ」の状態が良く分かりました。計算の結果、「はやぶさ」の帰還は3年延びることになりましたが、2007年春に地球への帰路に着きました。

  2009年11月4日に、はやぶさは4度目のピンチを迎えました。イオンエンジン4基目の故障です。いよいよダメだ、と思いました。イオンエンジンしか頼れる物はなかったからです。川口淳一郎プロジェクトマネージヤーは、「イオンエンジンの復旧に努めますが、恐らくダメだと思います」と記者会見で絶望を伝えました。

  そのとき、イオンエンジンの開発に20年以上取り組んできた國中均教授から、ある解決法が提案されました。「アイデアは良いが、電気推進のエンジンだし、エンジン同士が後ろでつながっていないとその提案は無理だろう」と応じると、國中は「大変言い辛いのですが、裏でつなげてある」と言う。そんなことは誰も知らなかったので、みんなビックリしました。

  彼は、「はやぶさ」のエンジンが全てだめになる夢を見るようになり、ついに打ち上げの数日前に「もしかすると本当にそうなるかも知れない。回避するには後ろでエンジンをつないでおくしかない」と思いついたそうです。打ち上げ数日前に探査機をいじるなど、前代未聞です。また、つなぐことで重くなれば、再度の軌道計算が必要になり、打ち上げ期日を延ばさなくてはいけない。一日延ばすと膨大なコストもかかります。そこでさらに知恵を絞り、ほとんど重さがないダイオードという部品をエンジン裏のある部分につけると、キッチリつなぐのと同じ効果があるというアイデアを思いついたのです。これは完全なルール違反で、宇宙開発の分野では前代未聞です。しかしこの「毎晩夢にうなされた結果の前代未聞のアイデア」が、はやぶさ帰還につながったのです。

「はやぶさ」に 手紙が届いた  

 はやぶさのドラマは、多くの日本の子どもたちに何かを伝えたようです。

  はやぶさが行方不明になった頃、小さい子どもから「はやぶさくんへ」という手紙が届きました。

  「わたしはあすかといいます。わたしははやぶさくんがだいすきです。あすかのゆめはうちゅうひこうしになってはやぶさくんとあそびたいというゆめでした。だけどはやぶさくんはらいねんいなくなってしまうから、あすかはとってもかなしいです。だけどあすかははやぶさくんをわすれません。 竹本あすかより」

  母親からのコメントもありました。

  「あすかははやぶさが大気圏に突入していなくなってしまう事を聞いて、大変にショックを受け、涙をぽろぽろ流しながらこの手紙を書いています。結局、宇宙飛行士になるのをやめると言いました」

  この手紙にはやぶさチームは大変に勇気付けられました。住所もさだかでなく、年齢も分からないまま、「幻のあすかちゃん」と呼び、あすかちゃんの手紙がいつでも見られるように貼っておきました。

  そして6月13日、無事にはやぶさ帰還。その後、あるイベントであすかちゃんのエピソードも話しました。イベント後、近づいてきたお母さんがパッと子どもを指差し「この子があすかです」と言ったときは本当に驚きました。

  そのときは小学校2年生になっていました。思わず抱きしめて「宇宙飛行士どうした?」と聞くと「やっぱりなりたい。ただし条件がある。はやぶさの兄弟を打ち上げてほしい」と。

  当時「2位じゃいけないんですか」と言われていた時期で、はやぶさ2の予算もバッサリと切られていましたが、その後、科学は1番を目指すことが重要であるということになり、はやぶさ2の予算も認められました。あすかちゃんとの約束は守れそうです。

11歳時の体験が将来を左右する

  幼い時代の共感や感動は確実に未来をつくる力になります。

  特に小学生時代は、「命を輝かせる最も大切なセンス」を身につける時期と言えます。人生で最も人間が変わった時期の平均値をとると小学5年生だそうです。次の時代の担い手である現在の小中学生を家族・地域・学校で大事に育てていくことが必要です。

  私の指導教官であった糸川英夫先生は、87歳で亡くなるまで様々な逆境があった方ですが、晩年、色紙によく記していた言葉は「人生で最も大切なものは逆境と良き友である」でした。

  「逆境」は今、日本みんなを結び付けていく大変大事なキーワードと言えるでしょう。

  はやぶさチームも絶体絶命の逆境を何度も乗り越えていきました。

  そして今、日本は、半世紀以上なかった未曾有の時代を迎えています。

  情報ネットワークが発達し、日本のどこにいても日本中・世界中のことがある程度分かる時代です。今、日本の全ての子どもが、自分たちが住んでいる国を思う気持ちは強くなっていると言っても過言ではありません。このように子ども達が国を良い国にしなくてはいけないと深いところで共通した心を持ったのは、敗戦以降初めてのことではないでしょうか。これは、ある意味では絶好のチャンスと言えます。これをどのように活かしきるかが、国作りのために非常に大事。その根幹に科学が存在するのではないでしょうか。

  では、科学の道を子どもの時期から志すために大人はどのようなメッセージを伝えていかなければならないのか。

  音楽では3分の歌でも感動する事がありますが、科学ではそうはいきません。科学の魅力を子どもたちにより直接的に訴えるにはどうすれば良いでしょうか。

  子ども達は幼児期であっても、「自然」や「生き物」に大きな魅力を感じるものです。しかし科学の魅力になると、あすかちゃんのような低年齢で魅力を感じるという例はそう多いとは言えず、ある程度年齢が上がる必要があります。国作り、社会作り、町作り、あるいは人作りなどの概念が入っていて初めて科学の魅力が理解できるものです。

  そこで、子ども時代には、自然の魅力、生き物の魅力を十分に味わいその想いを切り口にして、科学の魅力につなげることが、私たちのやるべきことであると確信しています。

  この逆境から立ち上がったときに、今までよりさらに光り輝くような日本が出来ていくよう互いに奮闘しましょう。

【2011年8月1日号】


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