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PISA型学力

  ─フィンランド方式」困難校ほど顕著な変化
    「戦うコミュニケーション」から「自然な相談」へ─

日本教育大学院大学客員教授
 北川 達夫氏
北川 達夫氏
北川達夫氏
 OECD(経済協力開発機構)のPISA調査で日本の成績が低かったことがきっかけとなり、PISA型学力が注目されている。最も高かったフィンランドの教育にもスポットが当たった。フィンランドの言語教育に詳しく、日本でも小中学校を中心に、フィンランドの指導理念と方法を応用し実践している北川達夫氏に、PISA型学力とは何か聞いた。

フィンランドと日本学力観はこう違う

 フィンランドには「フィンランドの資源は頭脳と木だけ」というジョークがあります。「ものづくり」や「発明」の才に長けており、高給ベスト1は配管工、2位がタクシー運転手と、技術職の給料が事務職より高いのがフィンランドの特徴です。一国一城の主であることが尊ばれ、人口の割にF1レーサーやデザイナーなど、国際的に活躍する人材が目立つのですが、日本人以上にシャイで無口な人も多いという面もあります。
 フィンランドでは、個人の能力を適性によって伸ばしていく風潮が根付いています。反面「一般教養」について求められるレベルは日本とは異なり、例えば大学生であっても、文系であれば、単純な暗算が出来ないとしても、それで非難されることはありません。フィンランドと比較すると、日本で求められている「一般教養」は非常に網羅的で、求められているレベルが高いのです。  そう考えると、PISA調査で日本の子どもたちの成績が低い、イコール学力低下、という単純な分析には結びつきません。必要以上に劣等感を持つことはないのではないでしょうか。  とはいえ、PISA型学力が国際的に求められているのは、その必要性があってこそ。無視は出来ない潮流です。

PISA型学力が「対話型」の理由

 PISA型学力が求めるのは、いかなる状況でも「対話」を成立させ、協同して問題を解決できる資質と能力です。
 対話とは「歩み寄るコミュニケーション」です。意見が対立したからといって論戦ばかりしていては、問題は解決しません。国家間で戦うコミュニケーションが主流になると、戦争になってしまいます。世界を滅ぼさないためには、「ディベート」に象徴されるような「戦うコミュニケーション」ではなく、互いの正当性を認める対話型、簡単にいえば「相談」型コミュニケーションが必要です。  そのためには、自分の意見を感情的に押し通すのではなく、自分の意見と相手の意見の双方を理性的かつ客観的に見比べること。相手の意見に納得できる点があれば、自分の意見を積極的に修正していくこと。フィンランドの言語教育では、こういった双方向的な流れの中で、論理や表現の技術を「活用」することを重視しています。
 それに対して日本では「自分の意見を論理的に言える」ことを重視するあまり、柔軟性を失っている場合があります。
 意見を言うときは必ず理由をいう。もちろんそれも練習としては必要です。しかし、そこで終わっては「活用」に結びつきません。「活用」に結びつけるには、「型どおりの話し合い」から「自然な相談」へと持っていかなければならない。「相談」であれば、多様な発想を出し合うことができる。自分の発想を他人が発展させることもできる。自分とは発想が異なっていたとしても、素直に「どうしてそう考えたの?」と聞きやすい。だれもが問題解決のプロセスに参加できるのです。  PISA型学力とは、国際社会でリーダーとして活躍するための華やかな能力というよりはむしろ、だれにとっても必要な最低限の生きる力といえます。

フィンランド方式で子どもが変わる

 では日本はこれからどうすれば良いのか。
 必要なのは、明確な目標を持つことと、長期的で体系的なメソッドの構築です。フィンランド教育が目標とする子ども像は、「世界中のどこのだれとでも協力して創造的に問題を解決できる子ども」と、明確であり、「最低限必要な能力」に到達するまでの体系的なメソッドと、指導内容に即したストラテジー(技術)が構築されています。例えば小学校の国語科では、物語の最終課題のほとんどが「劇」になっています。劇を演じるためには物語を正確に解釈、自分なりにイメージを広げて創造的に表現できなければなりません。これは読解と表現の能力を伸ばすだけではなく、学ぶ意欲も伸ばすということで、非常にうまく機能しています。
 私は日本でも小中学校を中心に、フィンランドの指導理念と方法を応用した実践を行っていますが、自分の意見をほとんど書くことができなかった子どもでも、1年後には解答用紙の裏まで書くようになります。また、絶対に受け入れられないような意見に対しても、攻撃するのではなく「どうしてそう言えるの」「どこを読んでそう思ったの」と質問するようになります。このようなダイレクトな変化は、さまざまな困難を抱えた学校ほど顕著です。これは、個々の差異を前提とし、だれもが参加できるという学習方法が、子どもたちの自尊感情を高めることにつながっているためかもしれません。
 この点に関して、フィンランド教育は成功事例といえます。目標と方法が明確だから実行も容易。それがPISA調査の好成績に結びついたのではないでしょうか。

フィンランド課題はリーダー育成

 フィンランドが学力の底辺を上げることに成功する一方、今後の課題は、リーダーを育成するために学力の上辺を上げることと言われています。しかし全て公費で教育を行うことが前提とされている点でその実現は簡単なことではない、という面も知っておけば、日本の教育においてどの程度PISA型学力育成に力を入れ、さらに他のどの面に力を入れるべきか、参考になるのではないでしょうか。

プロフィール
北川 達夫(きたがわ たつお)
早稲田大学法学部卒業後、外務省入省。
在フィンランド日本国大使館在勤(1991〜98年)。
帰朝後に退官、現在は国際的な教材作家として日本とフィンランドを始め、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わる。日本では全国各地の学校を巡り、グローバルスタンダードの言語教育を指導。
財団法人 文字・活字文化推進機構調査研究委員。

【2009年04月04日号】


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