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安全のための技術を、どう評価するべきなのか? RFIDタグ報告書から考える (2006年06月14日)

事件が頻発し、高度な防犯対策が要求されつつある学校という現場。そのひとつの試みとして、RFIDを利用した生徒の安全確保システムがある。近頃では「大阪安全・安心まちづくり支援ICT活用協議会(大安協)」が、実験報告書を公開した。

【教育ニュース】ICタグ使用の生徒の安全確保システム 57.4%が「効果がある」と評価 (2006年06月07日)

この試みは、保護者の「57.4%が「効果がある」」と評価したという。

■そもそもRFIDって何ですか?

RFIDとは、Radio Frequency Identificationの略で、無線をつかって各種の認証・判別を行うシステムのこと。昔、Pick it upで取り上げたこともある。

その回の記述をここに引用すると、

JR東日本やJR西日本が使っている、SuicaやIcocaを思い浮かべると分かりやすい。また、スキーやスノボをやる人なら、リフトに乗るときに、チップ状の券を接触させてゲートをくぐるタイプのリフト券を思い浮かべよう。これらは、無線ICカードと呼ばれるもので、正確にはすこしRFIDタグと違うが、技術的にはほぼ一緒。
(中略)
RFIDタグは、どこにも押し当てる必要がない。10mくらい離れたところでも、読み取り機はタグの認識を行う。従って、この読み取り機を校門に設置しておけば、全ての児童の登下校が把握できる。

今回読み進めるには、これだけ知っていれば十分。RFIDタグのことをもう少し詳しく知りたい人は、以下参照。

【参考】RFIDタグとはなにか?技術的基礎とメリット・デメリット

時宜的な話題をあげれば、今回のワールドカップのチケットにはRFIDタグが取り付けられている。

350万枚のワールドカップチケットに埋め込まれた「RFID」とは何か?

ワールドカップでは、偽造チケットを防ぐために用いられたという。前述の記事(2004年9月執筆)を書いた時に比べ、RFIDはずいぶん広く使われる技術となってきた。


大安協で用いられた
  RFIDタグの運用方法

大安協が古江台中学校で運用した仕組みでは、生徒に首からかけるタイプのRFIDタグ(カード状)を持たせていた。このRFIDタグシステムで実現させていることは、主機能で3つ。

  1. タグを持った生徒が校門を通ると、あらかじめ登録されていたメールアドレス(保護者のメールアドレス)に、通過したという旨のメールが送られる。
  2. 不審者(タグを持たず、インタフォンも押さない)が校門を通ろうとすると、録画する。
  3. タグのボタンを一定時間押すと、危険信号を発する。職員室や、学外の情報管理センターで、危険信号を受信する。だれが、どこで押したかが分かる。

なお、タグを感知するためのアンテナは学内に22箇所置かれており、学内にいる限り、常時感知可能な状態になっている。これらのアンテナにタグの電波信号が15分以上検出されないと、そのタグの持ち主は学校から出たと判断される。


このシステムの穴はどこだ?
  技術系の人の意見

この大安協の発表は各種の報道機関で報道が行われ、技術系の話を取り扱う「スラッシュドット」という掲示板サイトでも話題になった。

中学生監視実験の結果報告書が公表

技術系の人々が集う掲示板だけに、技術的に見た、鋭い意見が多い。掲示板に出されていた、主要な意見をまとめてみると、3つほどある。

  1. 不審者ではなく、生徒の監視システムになっている。わりに不完全
    生徒がいないことは直ぐに分かるようになっているのに、ICタグを持たない者が、カメラの設置されていない塀を乗り越えて侵入しても、感知する仕組みが存在しない。また、タグは首に紐でぶら下げるようになっており、自由に取り外し可能となっている。そのため、当人の協力が無いと成立しないシステムになっている。

  2. そもそもの設計と、運用システムに問題がある
    (引用)「結構な頻度で回線落ちたり、アラート誤検知したり、メールが配信されなかったり、メールアプリケーション立ち上げミスったり。。。運用体制にも問題ありですね。メンテナンスのタイミングでクレームが発生するケースが結構あります」
    報告書内に書かれている、システムの運用時に発生したトラブル一覧を見ての意見。一つ一つのトラブルとその対応に向けて、丁寧に「それでいいの?」とつっこんでいる。詳しいことが読みたければ、スラッシュドットの掲示板を参照のこと。

  3. 「57.4%が「効果がある」と評価」したのは、意味がある結果なのか分からない
    アンケートの結果が適正なものかどうか分からない、「印象」で答えてもらった意見なのだとしたら、技術的な適正不適正は決められないという意見。この意見の根拠として、自由解答欄に

    「・こちらの意見を聞く前にどういう実績があったのか教えてもらわないと意見の出し様がありません。実験してどうだったのでしょうか。」

    という意見が見られること。また、報告書内に質問紙表が含まれておらず、質問文が分からないため、
図2-10. 「Q8. 学校内にとどまらない通学路の安全確保の必要性について(回答数150)」
というのがあって、「必要だと思う」が 76.7% 「必要とは思わない」が 1.3% になっているけど、質問文が

a) 通学路の安全確保も必要と思いますか?
b) ICタグ位置検出システムを通学路にも設置する必要があると思いますか?

のどっちかで回答はかなり変わるんじゃないですか?
「安全確保が必要か」と聞かれりゃ、そりゃあ「必要とは思えない」なんて答えません

という可能性が捨てきれないこと、などがある。

「印象」では、技術的な適正不適正
  は決められない

上記のスラッシュドットで出てきた意見のうち、1と2は鋭いものの、ある意味では的外れでもある。大安協が今回行ったのは、あくまでも実証実験。こういった各種の問題点をあぶりだすためのものだから、このあと実稼動となるシステムの設置を行うまでに、大安協が改善すればそれで良い(行われなければ、いろんな意味で大問題)。実際、1と2については、報告書内に改善課題として取り上げられている。

スラッシュドットの意見群のうち、一番本質を突いている意見は、おそらく3番。

「アンケートの結果が適正なものかどうか分からない、「印象」で答えてもらった意見なのだとしたら、技術的な適正不適正は決められない」

実はこのアンケート、おそらく恣意的にではないと思われるが、すこし心理的な誘導をしてしまう構成になっている可能性がある。初めに、地域の犯罪に関する数問の質問を行っており、各種の犯罪イメージを想起させる。その状態で、他にも考えられるであろう各種の安全向上策との比較をしないまま、「RFIDタグ」についての評価を回答者に求めるという構成になっているのだ。

少し分かりにくいと思うので、平たくしてみる。アンケート冒頭の数問の流れを、テレビショッピング風に書き下ろすと、

▲「おくさん、近頃近所物騒になってきたと思いません?」(問1)
○「そういえば、変な人が増えてる感じするわねえ」
▲「でしょ? おくさん、どんなことが不安ですか?」(問2)
○「そりゃ子どものこと、心配よ」
▲「そうですよねえ。どうしたら良いんですかねえ」(問3)
○「パトロールとか。ニュースでも良くやってるじゃない?」
▲「この辺でもやってるみたいですよ? おくさん、参加されてます?」(問4)
○「今のところ出て無いけど、誘われれば、ねえ?」
▲「さすが。熱心でいらっしゃる。でも、時間的な余裕はおありですか?」(問5)
○「ないけど、やっぱり子どものことですもの」
▲「時間的な余裕はないけれど、子どもたちは守りたい。そんな、忙しく、教育熱心なあなたにとって、今日ご紹介する技術は朗報になるにちがいありません。はい、どん。RFIDタグを使った安全管理システム。携帯メールで、お子さんの安全情報をお知らせしてくれます。どうですか、これ?」(問6)

▲:予想される質問を口語体化したもの
○:回答数の多かった選択肢の文章を口語体化したもの

……逆に分かりにくくなったような気もする。まあ、それはともかくとして、大安協の行ったアンケートの冒頭はこんな感じの構成だ。こういうアンケートの流れだと、その後にでてきた「犯罪」防止策であるRFIDタグに関する評価は、そこまでの質問の「印象」から、すこし甘くなる可能性は否めない。


技術を評価する際には、
 コストとベネフィットとを正確に見積もる

閑話休題。

RFIDタグによる人体追尾は、プライバシー侵害の可能性が付いて回るため、使用者の同意は必要不可欠だと考えられることが多い(参考:米国土安全保障省の諮問委員会、RFIDによるプライバシー侵害を懸念 )。同意をするべきか、しないべきか。その判断の際に、選択を迫られる側は、「印象」で判断するのではなく、技術を冷静に評価するための視点で判断することが大切だ。

ある技術の導入を検討・評価する際には、その技術を導入するコストとベネフィット(金銭的なことをもふくむ、あれこれ)と、その技術を導入しないコストとベネフィットとを、ある程度正確に見積もり、比較する必要がある。それを分かりやすく解説しているのは、

セキュリティシステム、テクノロジー、プラクティスを分析・評価する5つのステップ

ここにある、5ステップが秀逸。

ステップ1: あなたが守ろうとしている「大切なもの」は何か。
ステップ2: その「大切なもの」はどんな「危険」にさらされているか。
ステップ3: そのセキュリティシステムはその「危険」をどれだけうまく軽減してくれるか。
ステップ4: そのセキュリティシステムが「新たに生み出す危険」は何か。
ステップ5: そのセキュリティシステムに支払う「対価」と「トレードオフ」は何か。

このステップを追っていくと、分かりやすいし、考えやすい。

いつの間にか、弁当は家で食べるものになって、水は買うものになった。時代は移り変わり、いつの間にか安全も無料でない世界になりつつある。今後、安全関連の教育や啓蒙活動、各種技術は多くなりこそせよ、減ることはないだろう。身の周りにあふれてくる事は、おそらく避けられない。であれば、それらは、自分にとって可なのか不可なのか。また、それはなぜなのか。的確に判断し、主張するための考え方の基礎は、身につけておいても良いだろう(榊原)



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投稿者 kksblog : 2006年06月14日 10:42


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