金沢工業大学は1965年に開学。現在は、工学部、情報フロンティア学部、建築学部、バイオ・化学部の4学部、および工学研究科、心理科学研究科、イノベーションマネジメント研究科の3研究科を持つ。2020年12月、教育DX推進が学長方針として示され、そのなかで「学生1人ひとりの学びに応じた教育への転換」の実現が目標の1つとして掲げられた。
実現のための具体的取組として、学内に蓄積されたビッグデータを大域的に解析し、その結果に基づいて教職員が個々の学生を支援するとともに、AIシステムによる自動的な支援の実現を目指すこととなった。
本取組による効果の1つが退学者の減少だ。22年度の退学者数は、21年度に比べて約20%減少した。退学につながりやすい要因のひとつとして、データ解析から分かってきたのが、1、2年時における数理系科目のつまずきだ。そこで、教える内容の精査や単位数などを見直したところ、単位取得率が上がった。
数理系以外でも、データ解析からつまずきやすい科目の存在が明らかになったため、前期にそうした科目がある場合は、夏休みに集中講義で再履修できるようにしている。
学内ビッグデータ解析は、学生本人に対しても効果をもたらした。学生は自分の修学データが見られるようになり、自分自身の学びがどのような状況にあるか、客観的に把握できるようになった。
データ解析に関心をもつ学生も増えた。学内でデータサイエンスに関するプロジェクト「Data Dreamers」が立ち上がり、50名ほどのメンバーが勉強会などを行いながら、データサイエンスのコンテストなどに参加している。今後は、企業や地域の自治体とも連携しながら、データを活用してよりよい社会を創造していくことを目指す。
データ解析から得られた情報を基に、学習に余裕のある学生に対して、様々な学びの機会を提案している。
①成績がある程度上位②課外活動等に参加していない③レポート提出に余裕がある、の3条件を満たしている学生を「伸びしろのある学生」とし、学内でのワークショップや課外活動を案内するなど、学生の活動の幅を広げる提案をしている。
「これまでは修学につまずく学生の支援を優先的に取り組んできましたが、これからは学生の成長を促すような取組にも役立てたいと考えています。データ解析は広範囲に行っていますが、学生がどのように成長しているのかは、実はまだよく分かっていません。人が成長するというのは、多様な現象で簡単にパターン化されるものではないと考えています。その中で、どのような教育の「場」が成長に必要なのかを、データに基づきながら検討していきたいと思います」(工学部情報工学科 山本知仁教授)
山本教授によれば、データを解析していくなかで、高校の学びと大学の学び、また大学の学びとそれに対する社会の評価には、それぞれ相関がないことが分かってきた。
例えば、大学1年時のGPAと出身高校の偏差値には、相関関係がまったくないという。ほかのデータ解析を参照しても、入学時の学力と、大学での成績の間には相関関係はあまりない。
また、大学で良い成績を取った学生が大企業に就職しているわけでもない。卒業時のGPAと就職した企業の従業員数や平均年収との間には、相関関係は見出されていない。
「データを解析して分かったのは、かなり無駄なことを社会全体で行っている可能性です。今後、初等、中等、高等教育および企業活動まで『人的資本』の観点からデータを突き合わせることで、より適切な教育のあり方を議論できると考えています。そのような取組が国内で進むことを期待しています」と、今後の抱負並びに教育におけるデータ解析の可能性を示した。
(蓬田修一)
教育家庭新聞 新春特別号 2024年1月1日号掲載