2023年4月、徳島県の山あいにある、人口約4100人の神山町に、高専としては13年ぶりの新設となる「神山まるごと高等専門学校」が開校した。1学年約40人で、今年4月に3期生が入学した。全寮制で学生は寝食を共にしながら授業や課外活動に取り組む。
高専は専門的な内容を学ぶ高等教育機関だ。設置学科は、デザイン・エンジニアリング学科のみ。
教育の柱は、テクノロジー、デザイン、起業家精神の3つ。テクノロジーとデザインの力で魅力的なモノをつくり、チームで問題を解決することで起業家精神を養う。
「大学でこの3分野を学ぶ場合、それぞれの学部が分かれています。私たちは、これらを全部まるごと、1つの学校で学べるようにしたいと考えました。一般的な高校での教育内容は、大学との接続を意識しがちですが、高専は社会と接続できます。15歳から、社会に目を向け、社会でどう活躍したいかを学生たち自身も考えることができます」(神山まるごと高専事務局長 松坂孝紀氏)
同校の特色は「モノを作って問題を解決する」ことにある。それは授業や課外活動のほか学生の生活全般において共通している。一例として松坂氏が話したのが、学生寮の洗濯機の共同利用についてだ。
洗濯が終わった後は、次の利用者のために早く衣類を取り出さなければならない。通常は洗濯機の近くに「なるべく早く服を取り出しましょう」などの注意書きが貼られているものだ。
しかし同校の学生は洗濯が終わればスマホに通知するアプリを自作。次の利用者に迅速に伝えている。モノづくりを通じて、学生は問題を解決するための発想の転換を日常的に積み重ねている。
なぜ学校を神山町という山あいの町につくったのか。
「多くの人に、学生時代をふり返って、一番成長できたと感じた時を尋ねました。すると、授業以外の課外活動での経験や人との出会いが、自分自身の価値観に影響を与えた原体験となっていました。
どこで、誰と、どんな生活をしたかが、人生にとって極めて重要なのです。神山町には豊かな自然があり、多彩な取組が行われています。そこに可能性を感じました」
神山町には、移住して創作活動をしているアーティストやサテライトオフィスを設置するIT企業があり、町民にもそのような人々を応援する風土があるという。
「神山町の方々は、学生の新しい取組に『頑張って!』と優しく声をかけてくれます。身近な人たちからの言葉は、学生たちに元気や勇気を与えてくれます」
学びの機会を、授業だけではなく、課外活動、地域住民との交流、寮生活など幅広く捉え、学生が主体的に成長できる様々な機会をできるだけ多く用意。学生が失敗も含めたすべての経験から「まるごと」学習することを重視している。
神山まるごと高専では、家庭の経済状況に左右されず誰もが目指せる学校にしたいという思いから、独自の給付型奨学金(返済不要)の仕組みを構築し、学費の実質無償化を実現した。
スカラーシップパートナーと呼ぶ様々な業種の企業から拠出金を募り、一般社団法人神山まるごと奨学金基金を設立。この資金の運用益から学生に奨学金を給付する。現在、ソニーグループやソフトバンクなど計11社がスカラーシップパートナーとなり、1口10億円の拠出、もしくは長期寄付契約を結んでいる。
現在、およそ100億円の資金を、目標運用益5%で運用。年5億円程度を奨学金として支給できるため、5学年200人では1人につき250万円の給付が可能となる計算だ。同校の学費200万円は希望者全員に給付し、寮費120万円は世帯年収に応じて支給している(最大全額)。
今は、社会全体が変革期にある。生成AIの普及などにより数十年後の社会の姿を描くことは一層難しくなった。
「未来が予測不可能である今必要なものは、問題解決のため、手を動かし、形にする試行錯誤を、高速でしかも大量にできる力です。当校は社会の変化スピードに負けないよう、進化し続けていきたいと考えています」
今後、同校の学生たちがどのようなモノづくりを行い社会に実装していくのか、注目したい。
(蓬田修一)
教育家庭新聞 教育マルチメディア 2025年7月21日号