早稲田大学教育・総合科学学術院講師の及川雅斗氏らの研究グループは10月2日、首都圏のある自治体の行政データを分析した研究結果を発表した。
本研究は、インフルエンザ流行に伴う学級閉鎖が、特に経済的に困難な家庭の小学生、とりわけ男子児童の算数の学力に悪影響を及ぼすことを明らかにした。この影響は、授業時間の減少だけでなく、学級閉鎖中の生活習慣の変化が学習能力を低下させることで引き起こされる可能性があり、教育機会を守るための公的支援の重要性を示唆しているとしている。
研究グループのメンバーは、及川雅斗氏のほか、東京大学社会科学研究所教授の田中隆一氏、早稲田大学政治経済学術院教授の別所俊一郎氏、同 人間科学学術院教授の川村顕氏、同 政治経済学術院教授の野口晴子氏で構成される。
COVID-19パンデミックによる世界的な学校閉鎖は、特に経済的に恵まれない家庭の子供の学習機会を奪い、学力低下につながったことが報告されている。しかし、パンデミックは学校閉鎖以外にも経済の悪化や家庭環境の変化など様々な要因が複雑に絡み合っており、学校で授業を受けられない時間(授業時間の喪失)が純粋に子供の学力にどう影響するのか、その詳細なメカニズムは分かっていなかった。
研究グループは、パンデミックのような特殊な状況ではなく、より日常的に発生するインフルエンザの流行に伴う「学級閉鎖」に着目し、首都圏のある自治体が保有する全公立小中学校のデータを、3年分(2015-17年度)について解析した。対象は児童・生徒の成績と家庭環境。学級閉鎖の有無と時期に着目し、翌年度のテストへの影響を統計的手法で分析した。
その結果、以下の点が明らかになった。
学級閉鎖は、経済的に困難な家庭の小学生の算数の成績に、統計的に有意な悪影響を与えていた。その影響の大きさを授業時間が一時間減った場合の大きさに変換すると、テストスコアの標準偏差の3%ほどで、これは補習教育や授業時間の拡大の影響の1.5から10.2倍ほどの大きさだという。
この悪影響は、女子児童よりも男子児童で特に顕著。また、学年末に近い2月~3月の学級閉鎖のほうが、より大きな影響を与えていた。なお、中学生では学力への悪影響は観察されなかったという。
学力が低下するメカニズムとして、授業時間が失われるだけでなく、学級閉鎖を経験した経済的に困難な家庭の男子児童は、テレビやゲームに費やす時間が長くなり、睡眠時間が短くなる傾向があることが分かった。
研究グループは、これらの生活習慣の変化が、学習能力の低下を招いている可能性を指摘している。また、教歴の長い教員による指導が、経済的に困難な家庭の児童に対する学級閉鎖の悪影響を緩和する可能性も示唆されたという。
本研究の成果は、学級閉鎖という一時的な授業時間の中断が、特に経済的に困難な家庭の子供たちにとって、単なる「授業の遅れ」以上の深刻な影響を及ぼす脆弱性を持っていることを示しており、このメカニズムは、COVID-19パンデミックで指摘された学力低下の背景にある要因の一つを解明する手がかりとなるという。
また、教歴の長い教員が学級閉鎖の悪影響を緩和できる可能性も示されたことから、教員の配置や研修、学級閉鎖後の補習授業のような公的な教育支援プログラムを設計する上で、重要な科学的根拠を提供することが期待されるとしている。
本研究では、学級閉鎖が感染症による健康悪化そのものの影響か、授業時間減少の影響かを完全に切り分けることはできていないという 。また、学力低下のメカニズムとして生活習慣の変化に注目したが、友人関係の変化や家庭内のストレスなど、他の要因が関わっている可能性もあるとしている 。
今後は、どの児童・生徒が実際に感染したかのデータを用いたり、他のメカニズムを測定したりすることで、より詳細な因果関係の解明を目指す必要があるとし、その一つとして、学級閉鎖が児童・生徒の運動能力に与えた影響を分析する予定だという。
パンデミックやインフルエンザの流行など、子供たちの学びは常に中断されるリスクに晒されています。今回、学級閉鎖という一見短い期間の出来事が、特に経済的に厳しいご家庭の子供たちの学力に少なくない影響を与えることがデータで示されました。この研究成果が、すべての子供たちが安心して学び続けられる環境を整えるための一助となることを願っています。
▶︎本研究結果の詳細はこちらで確認できる。