2025年度に公表された「教育DXロードマップ」で示されたKPIの一つが、「2029年度までに次世代校務DX環境の全国的な整備」だ。
次世代校務DX環境構築のポイントについて、文部科学省教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン改訂検討会座長である高橋邦夫氏(合同会社KUコンサルティング)、デジタル庁デジタル推進委員や文部科学省学校DX戦略アドバイザーを務める伊藤吉也氏(フォーティネットジャパン合同会社自治体・教育委員会統括)、GIGAスクール構想の下での校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員で一財・全国地域情報化推進協会(APPLIC)教育・校務ワーキンググループ副主査である井上義裕氏(株式会社JMC)が討議した。

高橋邦夫氏、伊藤吉也氏、井上義裕氏が次世代校務DX環境について討議した
--次世代校務DX環境を2029年度までに整備することは、教育DXロードマップで示されたKPIの一つであることから、全国の自治体が準備を進めているところです。次世代校務DX環境とはどのような環境でしょうか
■高橋 「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)のなかで出てきた「教師をとりまく環境整備」の一つが次世代校務DX環境の整備です。
校務処理にデジタルツールを利用することで校務の効率化を図り、働き方改革につなげて授業改善に取り組む時間や子供と向き合う時間を教員に還すことが目的です。
次世代校務DX環境では「今の環境でできる校務DX」「環境整備を伴う校務DX」「教育現場のセキュリティ対策」の3段階が示されています。
今の環境でできる校務DXとは、まずデジタル化を図り紙の校務処理からデジタルに置き換えることを始めとしてクラウドツール等の利用を促進し利便性を図ることなどが挙げられます。
これを経て2029年度までに「環境整備を伴う校務DX」「教育現場のセキュリティ対策」まで進めることを想定しています。
■井上 次世代校務DX環境は、これまで長らく教育現場でイメージされてきた帳票作成中心の校務ではなく、クラウド環境を前提とした汎用ツールの教員業務利用も含めた校務環境を想定している点が特徴です。
現状、連絡等でさまざまなデジタルツールの導入、すなわち「今の環境でできる校務DX」は進みつつあるものの、データ連携や校務支援システムのクラウド化などの「環境整備を伴う校務DX」はこれから、という自治体が多い段階です。
環境整備を伴う校務DXについては、現在の校務支援システムがオンプレミス環境からクラウドになり単にデータの置き場所が変わっただけでは、次世代校務DX環境とはいえません。
校務支援システムのクラウド化を前提としたデータ連携が肝になるため、校務支援システムの各ベンダーは2029年度に間に合うように準備を進めているところではないでしょうか。
■高橋 クラウド利用の際は、安全に利活用するためにルールの見直しが必須です。それが「教育現場のセキュリティ対策」につながります。
■井上 クラウドの定義についても理解の統一が図られていない現状があります。そこでAPPLICでは「校務支援システムのクラウド化におけるクラウド基盤要件書Ver1.0」(以下、要件書)を策定し、12月に公開しました。
次世代の校務DX環境を実現するために必須もしくは有用なクラウドの要件をまとめたもので、教育委員会が仕様書作成の際に参考にしたり、クラウド環境の導入事業者や校務ベンダーが自身のサービスを確認したりすることを想定しています。
本要件書の主な利用法やチェックリストも用意しており、ぜひ広く参考にしていただきたいと考えています。
■伊藤 システムのなかには、セキュリティホールがあったり認証の抜け穴が生じたりする例もあり、心配は尽きません。
導入事業者などが「提案した仕組みは要件書に沿っている」と宣言することができれば、責任分離が可能になりますね。
--2024年度補正予算「次世代校務環境整備に要する初期費用等の補助」は、文部科学省によると「予想以上に自治体から手が挙がった」ことから、2025年度も同様の補正予算が拡大して措置されています。共同調達・共同利用が推奨されていますが共同調達を進める際のポイントはありますか
■高橋 PCなどの機器関連の共同調達についてはスケールメリットを生かした効果が多数聞こえてきます。
しかし校務支援システムなどのソフトウェアについての共同調達の場合は仕様書作成や業者選定などでの意見調整が大変なことから失敗事例も聞こえています。
■伊藤 現場からは、県が配下の市町村で取りまとめる際、認証基盤、つまりAD(Microsoft Active Directory)の統合まではやり切れない、という声が届いています。さらにファイルサーバのアクセス権も担っているため、より移行のハードルを上げています。
しかし共同調達を行うのであれば、セキュリティ基盤すなわちゼロトラスト・ネットワークアクセス(ZTNA・後述)まで含めて取りまとめる必要があると思います。
次世代校務環境を利用する際の認証はMicrosoft ADを利用している教育委員会が多く、そこに多要素認証(MFA)などを組み合わせるのですが、クラウド型の校務支援システム利用にはiDaaS(Identity as a Service)すなわち「すべてのアクセスを検証する」認証基盤が不可欠です。
これは複数のアプリやクラウドサービスにおけるユーザーIDやパスワードを一元管理するものです。弊社ではFortiTrust IdentityというiDaaSを提供しています。
■井上 IDの標準化は共同調達を進める準備として重要です。
標準化しないまま進めるとご指摘のように「やりきれない」ということになりかねません。
さらにクラウドを誰が使うにしても個人を特定したデータ連携を想定するのであれば、ユニークな学習者用IDが必要です。
現状、校務支援システムはさまざまなIDを管理する仕組みを有していますが、IDについては国が整理し、システムが担う段階が不要になることが目指すべき方向ではないでしょうか。
もう一つ、帳票についての標準化も欠かせません。
電子化を推進し何を原本とするのかなどのルールの見直しが必要になります。
共同調達がルールの見直しのための良い機会となることを期待しています。
■高橋 次世代校務DX環境の共同調達を行う際はこれまでのやり方に固執することなく、調達を機にBPR(業務プロセスを根本から見直し、抜本的に再設計する)を行うことが肝要です。
■伊藤 次世代校務DX環境への移行に向けて、現在、教育関連のコンサルが圧倒的に不足しているという面も課題ではないでしょうか。
■高橋 技術も脅威も日々進化しており堅牢な仕組みが求められる一方で、学校現場では堅牢しすぎる仕組みは実効性に欠ける面もあり、アドバイスは簡単ではなく、民間のコンサルに依頼せざるを得ない面はあります。
BPRを推進・意見調整できるキーパーソンの有無が共同調達の成否を左右しそうです。
■井上 学校DX戦略アドバイザーという仕組みはありますが、セキュリティに関する最新技術に詳しい有識者の不足を感じています。
最前線でセキュリティ環境を構築している企業の方のアドバイスを受けやすくする仕組みを改めて考える必要がありそうですね。
--「環境整備を伴う校務DX」の段階を支援する際、教育委員会との関わりでどのような課題感がありますか
■伊藤 まず、ゼロトラストという言葉の整理が必要であると感じています。
デジタル庁では「ゼロトラストアーキテクチャー適用方針」を策定、公表しています。政府機関や自治体が情報システムをクラウドで構築・運用するための指針で、標準化やセキュリティ確保、効率的な調達や運用について示されており、最終的に到達すべき仕組みです。しかし一教育委員会で実現できるものではなく、国などが仕組みを構築して全国に提供すべき位置付けであると考えています。
ただし、教育委員会単位でできることはあります。それが「ゼロトラスト・ネットワークアクセス(ZTNA)」です。
これは「誰がどこからアクセスしても、毎回本人確認と権限チェックを行い、アクセス権が許可されているアプリケーションのみに安全にアクセスさせる」制御の仕組みで、ネットワーク全体への接続を制御するVPNとは異なります。
■伊藤 「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」において、次世代校務DX環境に求められるゼロトラストに求められる要素技術を具体的に提示することで、検討しやすくなるのではないでしょうか。
■高橋 ガイドラインについては2027年3月に次の改訂を予定しています。
座長としては要素技術についても整理したいと考えています。
ZTNAの導入と適用は、誰がどんな環境でどのような情報にアクセスしてよいのかを整理・ルール化することで初めて可能になるものです。今後一層、ルールの見直しが重要になります。
■伊藤 基本ルールの見直しは活用のためにも重要です。
近年、教育現場ではSASE(=Secure Access Service Edge)の導入が進んでいます。これはクラウド利用やテレワークの普及に伴い、従来の境界型セキュリティでは不十分になったため登場した方法です。ネットワークとセキュリティをクラウドで統合したもので、先にご説明したZTNAはSASEの機能の一部です。
ところがSASEを導入したにも関わらず自宅での仕事は禁止、というルールのままのところもあり、何のための導入かわからない状況も見られるのです。本来の目的が適っていない運用であると感じます。
■井上 自宅で個人情報を扱ってほしくないなどの保護者の不安からそのようなルールになっている例はありそうです。
■高橋 次世代校務DXではロケーションフリーについて触れられています。
ルールの見直しとともに、仕組みを理解してもらえるように保護者への丁寧な説明による周知も必須ですね。
■井上 SASEはコスト面で、大規模自治体の導入が多い印象がありますがいかがでしょうか。
■伊藤 弊社では小規模自治体の導入実績もあります。
沖縄県恩納村ではクラウド型の次世代校務DX環境構築のため「FortiSASE」を導入してネットワークを統合し、ZTNAを実現して2026年度から運用を開始する予定です。
端末にはSOCなどの専門チームがなくとも運用できる「FortiEDR」を導入して端末監視・分析・隔離・調査など(EDR機能)を可能とし、認証基盤、多要素認証も導入しています。
導入前は教職員対象に、SASEやZTNAなどの基本理解や運用方法などについて、デモも交えながら複数回研修を実施しました。
先生たちはネットワークやクラウドツールに関する知識を身につけ、子供たちに伝えることができるまでになり、仕組みを知ることが適切でスムーズな活用につながると感じました。
小規模自治体であってもSASEの構築は可能ですので安心してご相談いただければと思います。

--生成AIの校務活用も、次世代校務DX環境の要素の一つと考えられますか
■高橋 文部科学省では2025年度、「セキュアな環境における生成AIの校務利用の実証研究事業」を行っており、私も関わっています。日々の所見などを校務支援システムに入力し、学期末に生成AIが所見をまとめるという実証では、校務支援システムが導入されているにも関わらず、データ不足で有効な回答を得られないという課題が明らかになりました。
■井上 日常的に気付いたことを入力する仕組みは以前からありますが、この仕組みの課題は、データが蓄積されている子供とされていない子供がより一層はっきりしてしまう点です。
どの子の情報が不足かをAIが指摘するなどのアプローチは役立ちそうです。
■伊藤 良いデータがないと役立つChatbotも作れません。
生成AIの校務活用をきっかけに、有効なデータをどう蓄積して利用するかを含めて、仕事のやり方を見直す良いきっかけになりそうです。
■高橋 生成AI活用を行う場合も「データ化」と「業務の整理」「ルールの見直し」が重要であり基本であると改めて感じます。
■井上 帳票をデータで扱う際の姓名等の漢字表記に関する問題がいまだに解決されていません。
指導要録は学齢簿と同じ漢字表記が求められています。子供の名前には外字や旧字が使われている場合もあり、指導要録の表記を学齢簿と同一にするためには外字を利用するという手間とコストがかかっています。
国として紙をデジタル化し次世代校務DXを進めるのであれば、指導要録の表記のJIS準拠を可とすることで、デジタル化やデータ活用の進展は今より容易になるはずです。
■伊藤 デジタル化の波は止められません。セキュリティの仕組みも進化しています。
そこで課題となるのが予算です。かつて「前回の更新時と同じ予算でさらに優れた仕組みを導入できた」時期がありました。現在は異なります。半導体需要が高まり原材料費とともにエネルギーコストも人的コストも高騰しており、前回導入時と同じ予算では同等レベルの仕組みであっても導入が難しいのが現状です。
さらに、クラウド基盤は構築して終わりではありません。維持費が必要です。
文部科学省の補正予算「次世代校務DX環境整備に要する初期費用等の補助」は、ネットワーク統合のための初期費用を想定しています。国全体でクラウドバイデフォルトや持続的な経済成長の方針を掲げるのであれば、何等かの形で維持費も予算措置されることが今後、期待されます。
■高橋 次世代校務環境やデータ連携、セキュリティの仕組みについてもっと関心をもって取り組むことが今後、一層重要です。学校現場が関心をもつことで、予算確保等の要望が現実味を帯びるのではないでしょうか。
教育家庭新聞 教育マルチメディア 2026年1月1日号掲載