次期学習指導要領の検討が始まった。武藤久慶教育課程課長は「背景を押さえ、見通しをもって『今』を改善したい」と題し、GIGAスクール時代の学習指導要領改訂について講演した(全国ICT教育首長サミットより)。
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2024年9月に公表した学習指導要領の改訂に向けた論点整理を踏まえ、12月25日、中央教育審議会に諮問した。諮問では現在の学校教育で顕在化している課題について、次の3つに整理。
課題に取り組む上で教員の努力と熱意に対して過度な依存をすることはできず、持続可能な日本型学校教育を追求していく必要があると考えている。
年々増加傾向にある不登校の子供たちをはじめ、学びに向き合えていない子供や学びを継続できない子供が増えている。
そのような子供の理解度や学力、そして認知特性も多様である。学習面や行動面で著しい困難を示す子供の割合は小中学校8.8%、高校2.2%である一方、大学の発達障害学生の在籍率は0.32%に過ぎない。なおアメリカにおけるADDまたはADHDの学部学生率は15%である。それぞれ異なる調査の結果であるため単純な比較はできないが、多様な認知特性をもつ子供たちが初等中等教育の中で自分なりの学び方を獲得できず高等教育に接続できない現状が示唆されているといえる。
GIGA第1期で大事にしてきたことを前提に、多様性を包摂するために教育課程上の特例を設けること等を検討する。
現行の学習指導要領の理念や趣旨の浸透は道半ばであると感じている。
PISA2022調査によると多くの生徒が自律的に学ぶ自信がない。
また、概念としての知識の習得や実感を伴った深い意味理解も十分でない。
例えば、関数は「わからない数字があった時、伴って変わる別の数との関係を表せれば、わからない数字を予測できる」ものだ。グラフを書くという個別の技能にとどまらず「一次関数を使えば未知の数字を予測できるんだ」という理解と感動を感じることができるような学びが必要である。
「これまでの日本の学校教育では自分の考えを述べる訓練をほとんどしていない。スピーキングが苦手なのは英語力の問題ではない(日野田直彦『東大よりも世界に近い学校』)」と指摘されているように、自分の考えを書くことが苦手であったり、そもそも自分の考えをもっていなかったりという子供もいる。
また、18歳の当事者意識は改善傾向にあるが、「将来の夢を持っている」は依然として横ばいだ(日本財団・18歳意識調査)。「夢を馬鹿にすると路頭に迷う時代。自分で何をするか決める仕事は残り、人から言われてやる仕事はAIに取って変わられる(川村秀憲『10年後のハローワーク』)」との指摘もある。「自分で何をしたいか」をもてていないという状態を改善していけるような学びが求められている。
1人1台端末の効果的な活用は緒についたばかりだ。諮問ではデジタル化の負の側面にも言及しながら、二項対立ではなく「デジタルの力でリアルな学びを支える」という基本的な考え方の下で取り組む必要が述べられている。国の方針は「適切かつ多様なベストミックス」であり、すべてをデジタルにすることでは決してない。
PISA2022調査の追加分析によると、端末の適度な使用(日に1~5時間)により数学スコアが20ポイント向上している。OECD加盟国の3人に1人が授業中にデジタル機器の使用で注意散漫になるが、日本はわずか5%程度である。これまで積み上げてきた学習規律がある上で1人1台端末環境を導入したことが、各国との大きな違いだと考えている。
主体的に社会参画するための教育の改善についても検討を進める。端末とクラウド環境を利用することで、生徒同士の意見を即座に共有でき、少数意見の吟味も可能だ。例えばテキストマイニングにより単語の出現頻度から少数意見を吟味することができ、合意の質を高める効果がある。従来であれば手間がかかり対応しきれなかった部分にこそテクノロジーを有効に利用してほしい。
AIを活用した英語学習は「話す」ことの学習時間を抜本的に増やすことができる可能性がある。生成AIの活用を含めた外国語教育の在り方も検討する。なお2024年度補正予算で「AIの活用による英語教育強化事業」に前年比6倍の6億円を獲得した。ぜひ活用していただきたい。
生成AIを含めたICT活用についての懸念の声については、しっかり向き合い議論していく。
GIGAスクール構想環境で学力はつくのか、とよく聞かれる。端末は手段である。しかし端末に慣れないと手段として機能しない。かつ全体を含めた情報活用能力の育成は目的の一部を構成している、という多層的な理解の下で実践を進めてほしいと考えている。
情報活用能力の抜本的向上は最重要課題の一つである。現状と課題、海外との比較を踏まえた育成の在り方を検討していく。生成AIの活用や情報モラル、情報リテラシーをどのようにカリキュラムに組み込むのかも大きな論点としている。
子供主体の授業を実践している学校では、教員は常に全体を端末上で俯瞰し、必要と思われる子供に対して適宜指導・支援を行っている。
日常的なICT活用を実現している学校では、端末を活用するタイミングや使い方を子供自身が決めており、子供の学びのためのツール(文房具)となっている。端末も活用しながら、主体的・対話的で深い学びの視点からの授業改善が図られている。PISA2022調査では低得点層の割合が減り高得点層の割合が増えるなどの改善も見られた。
自由進度学習の実践も増えている。自由進度学習について「全て子供に委ねればよい」というイメージは誤解である。
上手く進めている学校では、学びの手引き等を作成して「自己決定ができる前提」を整えている。調べ学習の資料もある程度質の高い資料をクラウド上に子供がアクセスしやすいように用意している。
論点整理でも子供が自ら教材・方法・ペース等を選択できる学習環境で、自ら学習を調整しつつ資質・能力を身につけることが重要であり、その中で教員が発揮すべき指導性について具体的に位置づけを検討すべきとしている。「情報は知識ではない。情報過多の時代にあって、情報を知識や知恵にするための具体的な助けが必要(バトラー後藤裕子『デジタルで変わる子どもたち-学習・言語能力の現在と未来』)」との指摘もある。そこに学びがあるのかを見極める教員の目が大切だ。
「参照」の豊富さは、デジタルの強みの1つだ。例えばダンスの上達のために動画を見て自分なりに真似するのはすでに当たり前になっている。同様に、よりよい学び手になるための手本として、例えば上手なプレゼンテーションの仕方を調べたり、実際のプレゼンテーションやその資料を見たりするなど、教育にも十全に活かしていくことが求められる。
カリキュラムオーバーロードの解消も進める。教員の負担や負担感がどのような構造により生じているのか、学習指導要領やその解説、教科書等も含めて全体として捉え、負担感が生じにくい教育課程の在り方を検討する。
教科等の中核的な概念を中心として目標や内容など、より分かりやすく構造化を図る。とりわけ教科書は50年前と比べ小学校で約3.4倍、中学校で約1.8倍と増加している。新たな学びにふさわしい教科書の内容や分量についても検討する。
東京都目黒区は研究開発学校として、40分授業として生み出した時間(127コマ)を活用して探究学習や教材研究などの時間に充てている。質の向上を伴う効率化に向けたカリキュラム改革を全国の学校でも行えるようにし、多様な子供を包摂するためにも、柔軟性のあるカリキュラム編成について検討していく。
教育家庭新聞マルチメディア号 2025年2月3日号掲載