次の学習指導要領ではデジタル学習基盤を前提に学習内容が検討されている。富山市教育委員会では2025年9月から校務系・学習系ネットワークの統合を行い、クラウドベースのデジタル学習基盤を構築し、教員用端末も一台化して使い勝手を向上させたところだ。次世代校務システム構築も視野に入れながらどのように準備を進め、どう仕組みを構築したのかについて、富山市教育DX政策監である谷正友氏と富山市教育センター教育DX推進係の山本弘章指導主事、金井悠紀子指導主事に聞いた。

■谷 富山市では従来から授業改善が活発な風土があり、ICT利活用もGIGAスクール構想以前から取り組んでいました。
現在は校務系・学習系ネットワークを統合し、クラウドベースの次世代校務DXを見据えたデジタル学習基盤を構築。2025年9月から運用を開始しました。学習・校務を一体的に利活用し、教育DXと校務DXの双方が進捗している全国的に見ても貴重な事例であると教育DX政策監として自負しています。
■金井・山本 クラウドベースのデジタル学習基盤構築の理由は、GIGAスクール構想が始まって1人1台の端末環境になり活用が進むにつれて生じた様々な課題の解決を図るためです。
当初は、GIGAスクール構想以前の教育情報セキュリティに関するガイドライン(以下、ガイドライン)に則り、ネットワーク3層分離環境でした。
教員は職員室でのみ利用できる校務用端末(WindowsPC)と、授業用として利用していた児童生徒用端末(Chromebook)の2台を使い分けながら校務系ネットワーク(以下、NW)、校務外部接続系NW、学習系NWを行ったりきたりしており、学校現場ではNWが分離されている環境に不便さを感じていました。
例えば、外部の方にメールを送る際は、校務系NW上で作成してから校務外部接続系NWに転送する必要がありました。しかも、その作業に、5分程度かかることもありました。
また、児童生徒に資料や教材を配布する際にはChromebookで行い、紙に印刷したいときはWindowsPC(校務用端末)を利用するなど、NW、端末ともに行ったり来たりが頻繁で混乱しがちでした。
富山市のシステム更新のタイミングが近づく中、教員用端末の1台化が推奨されたこともあり、この機会に校務系・学習系ネットワークの統合を行い、校務・学習ともにクラウドベースのデジタル学習基盤上で利用可能とし、教員用端末も一台化して使い勝手を向上させたいと考え、2022年度に検討を始めました。
■谷 縁あって富山市の教育DX政策監の委嘱を受けたのが、検討の方向性が固まりつつあった2023年2月でした。
当時の教育センターでは、本当に丁寧な情報収集を積極的に行い、議論を重ね、システム運用上の課題と学校の運用上の課題の整理をしながら最適解を探しているという段階でした。
その後、方針決定、調達プロセスを進めました。運用開始前の夏季研修会では、なぜ今、クラウドベース、校務DX基盤が求められるのか、クラウド活用のメリットや留意点などを伝える研修を市内90校の教頭先生方に向けて行いました。
苦手意識をもつ方もいましたが、日常の授業でクラウドベースの利活用が定着していることもあり、概ね前向きに受け止めていただけた印象です。
■金井・山本 その後、ガイドラインもさらに一部改訂され(2022年3月)、クラウドバイデフォルトの方針がより強化されました。
これに則り学校の使い勝手を解決し、かつセキュリティも担保できる仕組みとするため2校で技術的な検証を始めたのが2025年6月です。
本市は小中学校が約90校あるため、まず使い勝手を確認し課題を明らかにして解決の手立てを考えたかったためです。
検証を経て仕様書を作成、調達を経て2025年9月から運用が始まりました。
■谷 現在の環境を教えてください。
■金井・山本 Google Workspace for Educationをデジタル学習基盤として授業でも校務でも利用しています。
これまで作成した資料等を閲覧できるように教員はWindowsPCとGoogleドライブデスクトップ版を利用。
児童生徒用端末はChromebookなので、Googleサービスを中心に利用しています。
Googleドライブ上には校務系と学習系それぞれの情報資産を格納し、校長用、管理職用、教職員用、事務職員用、児童生徒共有用、外部共有用のドライブを設置してアクセス権限を設定しています。

デジタル学習基盤としてGoogle Workspace for Educationを基盤に構築し、校長用、管理職用、教職員用、事務職員用、児童生徒共有用、外部共有用のドライブを設置してアクセス権限を設定(「新教育ネットワーク環境を安全に利用するための運用ルール」より)
教員用PCは顔認証を組み合わせ、一度の認証で端末利用認証とGoogleワークスペースの認証をシームレスに実現しました。
アカウント認証は利用場所が学校の内外であるかを区別した上で利用可能なサービスを提供しています。
統合型校務支援システムについては、当面の間、従来通り市役所のデータセンターに設置されているものを継続利用するため、学校外からはアクセスできない構成です。クラウド上の校務系情報には校外からアクセスできるが統合型校務支援システムにはアクセスできないということです。
各校に1台、財務用PCも設置して行政系サーバにアクセスしています。
教員の私物スマートフォンは強固なアクセス制御に基づいて利用サービスを限定しました。
例えばGoogleカレンダーやチャットなど、一部サービスに限りアクセス可能とし、日常的かつスムーズな業務対応が可能な体制と情報資産の保護を両立しました。
クラウド環境になったことから、Webフィルタリングもクラウド対応製品としました。
現在は全教職員用・児童生徒用端末約3万1000台に「Soliton DNS Guard for Education」を導入しています。
校外学習や端末持ち帰り、自宅での授業準備に備えて校内でも校外でもフィルタリング機能を発揮します。
かつてのフィルタリングはオンプレミス環境時に導入したため、校外で端末を利用する際の安全性には課題がありました。
現在は、教員も児童生徒も安心して端末を持ち帰って利用することができます。
本製品はリアルタイムで脅威ドメイン情報を更新して脅威をブロックできる点、DNSベースのため、NWのボトルネックになりにくい点もメリットです。
■谷 新しい環境に移行する際にどのような手順で周知を進めましたか。
■金井・山本 まず全90校の教頭や情報担当教員等を対象に2025年6月、9月からの新しいNW環境により仕事の進め方がどう変わるのかについて2日間に分けて説明しました。
その後、教頭や情報担当教員が各校で校内研修を行うとともに、新環境お試し期間を設定。
本格稼働が始まる前の7~8月は新旧2種類の環境をどちらも利用できるようにし、この時期に全90校を巡回して研修を行いました。
教育委員会に届く質問についてはその都度丁寧に説明しました。
自分の所有しているデータを継続して利用するにはどうすればよいのかという質問が多かった印象です。
そこで質問の多かった作業内容の具体的な手順を動画やマニュアルにまとめてサポートサイトにアップしました。
クラウド上に、管理職用、教員用、児童生徒用などの保存先が複数存在するため、保存先を誤らないようにすること、誰と共有しているのかがわかるようなフォルダ名にすること、情報資産の機密性レベルを表す記号をファイル名の最初に付けるなどのルールも決めました。これらを「富山市立小中学校情報セキュリティ10の心得」「新教育ネットワーク環境を安全に利用するための運用ルール」としてまとめ、共有しています。

上記10項目について具体的な手順をA4判2枚にまとめた
当初、「ずいぶん大きく変わるのですね」という不安の声も届きましたが
9月になり新しい環境が始まってから、質問は少なくなりました。
学校の様子を見ると、共有者がわかりやすいファイル名やクラスルーム名になっています。
■谷 情報資産の保護はとても大切ですが、技術的な制約が厳しすぎるルールでは、使い勝手が悪くなります。
富山市では技術的対策と人的対策のバランスが大切なこと、そのためにもルールを守ることが重要であることを利用者が理解して進んでいる印象です。
■金井・山本 フィルタリングにより利用時間帯の制限も可能ではありますが、本市では特に設定はしていません。
学習者用端末で時間帯を制限したとしても、やりたいと思えば個人のスマートフォン等でいくらでもできてしまうため、子供自身が自らの行動を考えることが重要であると伝えています。
■谷 管理しすぎない点は富山市の特長の一つです。長年、自律的な子供の育成に力を入れているためでしょうか。
■金井・山本 はい。継続して主体的な子供の育成に取り組んでおり、ルールで縛るのではなく、自分で端末の使い方、時間の使い方を日常的に考えることを大切にしています。問題が生じた際にその都度サポートすれば良いと考えています。
■谷 富山市では授業改善のための意見交換や議論討議を常に行っているという印象があります。
授業改善の取組が日常だから、新しい仕組みも上手く取り入れていくことができるのではないでしょうか。
ICT環境の使い勝手に課題があった時期から既に、校内討議でICTを上手く活用していたことが印象に残っています。
■金井・山本 他府県の公開授業に定期的に行くようになり、富山市の教員は、しっかり子供を見て、1人ひとりを大切にした授業づくりを行おうとしていると感じています。
例えば公開授業後の協議会では、「子供のこのような姿がよかった、そのような姿になった手立ては何か」と、常に子供の様子から話から始まります。ICT活用についても同様で、「端末の効果的な活用はどうすれば良いのか」だけについて協議するのではなく、子供の姿で協議する教員集団であると感じています。
■谷 1人ひとりを大切にする、という気持ちは全国の教員がもっていると思いますが、「子供が生き生きと学ぶためにどう支援するのか」を最初に考える素地があると、デジタルやクラウドなど新しい環境についても前向きに取り組むことができるのではないでしょうか。
■金井・山本 コロナ禍でオンライン授業をするなか、当初は校務から、次第に授業において意見交流や共有の場としてGoogle環境の利用が始まったことは大きなきっかけになりました。
特に授業では、他者とつながることが容易になり、他の子供が記入した意見や発見を見ながら考えることができます。
ふり返りもデータとして容易に蓄積でき、子供自身で自分の学びをふり返ることができます。
富山市ではかねてより、話し合うこと、聞き合うことを大切にしており、友達との意見交流をきっかけに自分の意見や考えのバージョンアップを図るという研究が根付いています。
クラウドツールの利用により「みんなで1人の意見を聞く」ことを繰り返して共有する方法ではなく同時に書き込み、同時に見るという方法が可能になります。クラウドツールを活用することで1人ひとりの意見に教員がコメントをつける際もノート集めが不要になりました。
さらに、かつては学校でしかできなかったことが家庭など学校外でも可能になりました。
学校で配布・採点していた大量の紙のドリルをデジタルドリルに替えることで自宅でも取り組めます。
子供たちが発表用のプレゼンデータを作成する際も、PC室でしかできなかったことが休み時間や自宅での作業が可能になりました。
また、学年が上がるにつれて調べ学習やまとめなど授業時間で終えることが難しい学習が増えていきます。
英語の音読練習に自宅で取り組むことが難しい子供も、英語のデジタル教科書を使えば1人でも練習ができます。
昨年まで中学校に勤務していましたが、実際に端末を使って空き時間や自宅で取り組む姿が見られます。デジタル学習基盤により「1人でできる学び方が増えた」と思います。
個別最適な学びを一層深めるという次の学習指導要領の方針は本市の教員にとって、納得感のある内容であると感じています。今回の新たな環境により、本市が目指す「主体性のある子どもの育成」を一層効果的に進めることができると感じています。
教育家庭新聞 教育マルチメディア 2025年12月8日号掲載