栃木県小山市にある小山工業高等専門学校は「技術者である前に人間であれ」を教育理念に掲げ、創造性に溢れ、課題解決能力に富む技術者の育成を行っている。
高専には大学受験がなく、学習指導要領の制約も比較的少ないため、5年間(希望者が進学する専攻科まで含めると7年間)を通した一貫教育を行いやすい面もあり、同校では言語教育に力を入れている。2019年度より「コミュニケーションリテラシーⅠ・Ⅱ」という学科横断型の独自科目を実施している。
これは「言葉で考え、考えを言葉にする力」の育成を目指した外国語と母国語のクロスランゲージエデュケーションの試みだ。英語と日本語のディベートなどの表現活動を通じて、表現力とその土台となる思考力の相乗的な伸長を図っている。

キャンパスのバーチャルツアーをWeb上に掲載。写真はインテリアデザインラボ
柴田美由紀教授・副校長は同校に着任以来、高専ならではの国語教育を試行錯誤。独自の教育手法「Sメソッド」と「Pメソッド」を開発した。
Sメソッドとは、日本語で伝え合う力を育成するため、5項目(朗読、スピーチ、プレゼン、ディスカッション、ディベート)を設定し、体系的(Systematic)かつ3レベルで段階的(Step by Step)にトレーニングする教育手法だ。SystematicとStep by StepのふたつのSから「Sメソッド」と名付けた。

Sメソッドの樹
Sメソッドでは、よく通る声と注意深い耳を身体能力として鍛えるため「声と耳のウォーミングアップ」を基盤に置いている。「伝え合う力にとって、身体は資本です。音声器官を正確にコントロールして良い発声と明瞭な発音ができ、そして耳に意識を集中させて全身で聴くことができれば伝え合う力の進歩は倍加します」
ワークシート型の教材集「Sメソッドによる伝え合う力のトレーニング」も準拠テキストとして制作。体裁はA4判、表紙はラミネート加工を施し、3年間の使用に耐えられるようにした。表紙、目次、見出し、説明図などのデザインは、同校出身のデザイナーに依頼。「元学生の視点を活かして、親しみやすい意欲を引き出すイメージを演出してもらいました。ビジュアルデザインの効果は絶大で、テキストに生彩と説得力がもたらされました」
Sメソッドでトレーニングを行ったところ、「聞く・話す能力が向上した」と感じた学生は90%を超えた。学生からは「自分の意見を伝える方法を少しずつ手に入れることができた気がする」「昨年は原稿がなければ話せなかった。今年は原稿がなくてもその場で考えて話すことができた」などの感想が寄せられた。
一般的に高専生は文章を書くことが苦手な傾向にあるという。
「学生たちは、書けないのはいい言葉が出てこないせいだと言いますが、思考を整理する過程でつまずいていることが多いようです。つまり言葉による論理力が足りていないのです。論理力の訓練ならば、理性優位の高専生の志向に合うはずだと考えました」
そこで次に「Pメソッド」を開発。単語をつなぎ合わせて文を作り(プロセスA)、文をつなぎ合わせて段落を作り(プロセスB)、段落をつなぎ合わせて表現全体を作る(プロセスC・D)という順番で、部分から全体へ言葉を組み立てるプロセスを表現活動のなかで経験させることにより、言葉を論理的に構築する方法を体得させるものだ。
「論理的表現力は高専生に強く求められる能力です。論理的表現力を育成し、言葉で考え、考えを言葉にする力を養う新しい言葉の教育、言葉を通じて人を育てる国語教育を高専から発信したいと考えました」
こうした教育実践は高専生の論理的表現力を高めることにつながった。論理的表現力はディベートの要である。ディベート実践に現れた変化を通して論理的表現力の変化を間接的に調査したところ、「ディベートをまたやってみたい」という学生は48%から62%に、ディベートを観戦して面白かったと回答した学生は97%から100%となった。
さらに「試合を観戦して面白かった点」については「論拠の説得力」が前回調査より2倍以上多い38%と顕著に向上。「データの使い方」が前回より1.7倍多い22%となった。「調査結果から、思考を整理して言語化する、という取組がディベートの精度向上と論理的表現の伸長につながったとみられます」
ここ数年で、AIは急速に身近なものになった。「何でもAIに代弁してもらえる、言い当ててもらえるような錯覚に陥ることがあるかもしれません。しかし、自分の心の声を聴き、言葉ですくい取れるのは自分だけであり、自分の言葉を持つことは、自分というものを持つことと同じです。AIの進化につれてパーソナルな言葉が価値を持つようになると思います」と話し、国語教育に求められる役割も知識や技能重視から人間性重視へと変わっていくとみている。
高専はカリキュラムの充実度や就職への強さから、これまでも底堅い人気があったが、近年は産業界や教育界から改めて高専の魅力が語られることが多い。
一方で15歳人口が減少するなどの課題にも直面している。柴田教授は「入試倍率に一喜一憂するよりもマッチングの高い入学者を安定的に迎え入れること、労働人口が減少するなか、一人ひとりの学生を着実に技術者として育て確実に社会に送り出す仕組みを作ることが必要と考えます」と高専教育への抱負を語った。
(蓬田修一)
教育家庭新聞 教育マルチメディア 2026年7月27日号掲載